「AT THE HAWKS WELL」
鷹姫と同じ原作ということで興味を持ったが、杉本博司演出は合わないと再認識。
舞台装置は簡素で、中央に能舞台のような正方形の板づくりの床が置かれ、真後ろに橋掛りが伸びている。後方には半円状のスクリーン。後ろで踊るダンサーの影や、水平線から光が差すような映像を映す。音楽はテレビの砂嵐のような、チューニングの合わないラジオのようなノイズ。
ダンサーの衣装はジャングルの戦士のよう。主役級の男性はオムツのようなパンツに嵩のあるマントで、色はシルバーとシャンパンゴールド。マントを翻したり、影に隠れたりする。女性はメタリックな赤で、スリットの入ったレオタードに翼のような大きなものを肩にまとう。幾何学的な動き。アバンギャルドな、インスタレーションを見せられているよう。
ラストに能楽師が老人姿の現れ、一節の謡と舞。最後に杖をゴールドに投げ与えて終わり。能楽師の登場で場が一変し、格調高く、全ての辻褄が合わせられたよう。何より、能のスタイルを変えずにそこにあることの力強さを感じた。
「BLAKE WORKSI」
英語のポップ音楽に乗せての踊り。オペラ座のダンサーの身体能力の高さを見せつける一方、稽古着のような簡素な衣装では学生の発表会のよう。オペラ座の豪奢な空閑で見たいのはコレジャナイ感が残った。
2019年10月12日土曜日
2019年10月9日水曜日
1008 現代能「マリー・アントワネット」
梅若実による現代能」マリー・アントワネット」パリ公演。念願の舞台がはオペラ・コミックで実現した。客入りはよく、4階席まで客が入り、1階席は補助席が出るほど。
舞台装置はほとんどなく、黒いカーテン、床がむきだしのまま。デコラティブな装飾が施された劇場空閑をいかすねらいか。
フェルゼン役の福王和幸が現れたのち、後方のカーテンがひらいてマリーが現れる。両サイドにバラの蔓がまかれたポールが2本、門のように立ててあるのが唯一のセット。2人の薔薇の精に導かれて前方へ。冠に紅薔薇はなく、薔薇の精は白薔薇を冠っている。
マリーのセリフは最小限にカットされ、地謡が代わるところが多い。杖を手放せない様子で、扇と持ち替えての舞。舞は短く最小限。舞台後ろが照明でイロを変え、青きドナウの青から薔薇色に変化する。
間狂言は北翔海莉の一人舞台。薔薇で飾られた鈴を持ち、三番叟のように四方を踏む。琴や三味線の演奏と相まって、能とは別世界。途中、薔薇を加えてキメるところは、元男役の面目躍如。
後場は薔薇の精?の立ち回りののち、朱色の装束に白い頭巾を被ったマリーが登場。慣れない土地に輿入れし、孤独や寂しさから過ちを犯した?と地謡。最後は装束を脱ぎ、頭巾を外して、白装束、白髪姿になり、下手へ退場。足元が覚束ない様子で、長袴が足元に絡まりそう。足早に行くも、最後までハケきれず、袴の裾が舞台上に残っていた。
マリーに続いて囃子方が退場した後も、しばらくは拍手が起こらなかったのは、能のしきたりを理解しているからというより終わりか分からず戸惑っていたようだった。
現地の人に感想を聞いたら、ポエティック、マリーの悲しみに共感したなど。寡黙な人というのは、当人が発する声が少なかったからか。マリーについてはよく知らないという声も複数聞いた。現地の人に馴染みのある人ではないよう。
休憩ののち「土蜘蛛」。頼光と土蜘蛛の2人だけで、1幕同様、カーテンが開いての登場。あまり動かす、蜘蛛の糸は杖を持たない左手のみ。高さがなく、あまり遠くまで飛ばない感じ。土蜘蛛の代わりに頼光役の福王和幸が前後左右に動きながらの立ち回り。約20分ほどの短い舞台。
カーテンコールは藤間勘十郎が付き添って。舞台前方まで歩み、2人で蜘蛛の糸を飛ばすサービス。カーテンコールは2回ほどあったが、スタオベはなく、ブラボーの声も疎らだった。
舞台装置はほとんどなく、黒いカーテン、床がむきだしのまま。デコラティブな装飾が施された劇場空閑をいかすねらいか。
フェルゼン役の福王和幸が現れたのち、後方のカーテンがひらいてマリーが現れる。両サイドにバラの蔓がまかれたポールが2本、門のように立ててあるのが唯一のセット。2人の薔薇の精に導かれて前方へ。冠に紅薔薇はなく、薔薇の精は白薔薇を冠っている。
マリーのセリフは最小限にカットされ、地謡が代わるところが多い。杖を手放せない様子で、扇と持ち替えての舞。舞は短く最小限。舞台後ろが照明でイロを変え、青きドナウの青から薔薇色に変化する。
間狂言は北翔海莉の一人舞台。薔薇で飾られた鈴を持ち、三番叟のように四方を踏む。琴や三味線の演奏と相まって、能とは別世界。途中、薔薇を加えてキメるところは、元男役の面目躍如。
後場は薔薇の精?の立ち回りののち、朱色の装束に白い頭巾を被ったマリーが登場。慣れない土地に輿入れし、孤独や寂しさから過ちを犯した?と地謡。最後は装束を脱ぎ、頭巾を外して、白装束、白髪姿になり、下手へ退場。足元が覚束ない様子で、長袴が足元に絡まりそう。足早に行くも、最後までハケきれず、袴の裾が舞台上に残っていた。
マリーに続いて囃子方が退場した後も、しばらくは拍手が起こらなかったのは、能のしきたりを理解しているからというより終わりか分からず戸惑っていたようだった。
現地の人に感想を聞いたら、ポエティック、マリーの悲しみに共感したなど。寡黙な人というのは、当人が発する声が少なかったからか。マリーについてはよく知らないという声も複数聞いた。現地の人に馴染みのある人ではないよう。
休憩ののち「土蜘蛛」。頼光と土蜘蛛の2人だけで、1幕同様、カーテンが開いての登場。あまり動かす、蜘蛛の糸は杖を持たない左手のみ。高さがなく、あまり遠くまで飛ばない感じ。土蜘蛛の代わりに頼光役の福王和幸が前後左右に動きながらの立ち回り。約20分ほどの短い舞台。
カーテンコールは藤間勘十郎が付き添って。舞台前方まで歩み、2人で蜘蛛の糸を飛ばすサービス。カーテンコールは2回ほどあったが、スタオベはなく、ブラボーの声も疎らだった。
2019年10月4日金曜日
1004 ピッコロ劇団「ブルーストッキングの女たち」
青鞜編集部の様子が活気ある華やかさ。当時としては相当お転婆な人たちなのだろうが、大正期の女性たちの言葉が美しい。だからこそ、おままごとのように見えなくもないのだが。
封建的なはずのあの時代に、自由恋愛を謳歌する様はワイドショーのよう。野枝と大杉が結ばれるところはなかなかの濡れ場で、背景の障子のようなセットが崩れるのは終わりの始まりを暗示してきるのか。
伊藤野枝役の田渕詩乃が、溌剌としたエネルギーを感じさせ、好演。松井須磨子役の森万紀は、1幕の劇中劇の場面は硬すぎるように感じたが、2幕の自殺前夜の様子は鬼気迫って胸をつかれた。大杉夫人、愛人、平塚らいてうら、女性陣が個性的なキャラクターをしっかり描写してた。男性陣はなぜか、共感できない人ばかりで疲れた。
封建的なはずのあの時代に、自由恋愛を謳歌する様はワイドショーのよう。野枝と大杉が結ばれるところはなかなかの濡れ場で、背景の障子のようなセットが崩れるのは終わりの始まりを暗示してきるのか。
伊藤野枝役の田渕詩乃が、溌剌としたエネルギーを感じさせ、好演。松井須磨子役の森万紀は、1幕の劇中劇の場面は硬すぎるように感じたが、2幕の自殺前夜の様子は鬼気迫って胸をつかれた。大杉夫人、愛人、平塚らいてうら、女性陣が個性的なキャラクターをしっかり描写してた。男性陣はなぜか、共感できない人ばかりで疲れた。
1004 宝塚月組「I am from Austria」
ゲネプロを所見。エリザベート以来のウィーンミュージカルとあう触れ込みだが、エリザベートとは全く異なるポップな音楽とストーリー。キャッチーなメロディで耳に馴染むが、エリザベートほどの感動はないかも。
オーストリアの四つ星ホテルにハリウッド女優がお忍びで訪れるところから物語が始まる。ホテルの改革を志す御曹司と伝統を重んじる両親の確執、オーストリア出身の女優は捨てたはずの故郷のよさを再発見する。SNSで顧客情報が流出したり、ホテルの余り物をホームレスに振舞ったりと現代的な問題を取り入れているものの、前半は脈絡がなくバカバカしいほど中身のない話。何より、女優が御曹司に惹かれる過程が安易すぎに思った。情報漏洩のお詫びに差し入れたチョコトルテが懐かしい味だったから?それとも、御曹司らしからぬ気取らない人柄なのか?どちらにしても、警戒心の高いはずのセレブの心を動かすには弱いのでは。
後半は音楽の良さに救われてそこそこ見られた。
珠城りょうは人の良さそうな役柄が前作とダブる。娘役は華やかな容姿、ちょっとお転婆ないところがよく似合う。男役<娘役な役どころは大劇場お披露目だから?ラストのフィナーレでのデュエットダンスは、高いリフトでくるくる回って見応えあった。
トップ2人より好演が目立ったのは、母親役の海乃と父親役な鳳月杏。鳳月はひげが似合う。アルゼンチンのサッカー選手役の暁知星は、マッチョなスポーツマンという難しい役どころを怪演。低い声で重量感を出し、心なしか体つきもたくましく見えた。フィナーレではロケットの真ん中も務めて活躍。
踊りはなんかいいなと思ったら、三井聡の振付が大半で納得。
オーストリアの四つ星ホテルにハリウッド女優がお忍びで訪れるところから物語が始まる。ホテルの改革を志す御曹司と伝統を重んじる両親の確執、オーストリア出身の女優は捨てたはずの故郷のよさを再発見する。SNSで顧客情報が流出したり、ホテルの余り物をホームレスに振舞ったりと現代的な問題を取り入れているものの、前半は脈絡がなくバカバカしいほど中身のない話。何より、女優が御曹司に惹かれる過程が安易すぎに思った。情報漏洩のお詫びに差し入れたチョコトルテが懐かしい味だったから?それとも、御曹司らしからぬ気取らない人柄なのか?どちらにしても、警戒心の高いはずのセレブの心を動かすには弱いのでは。
後半は音楽の良さに救われてそこそこ見られた。
珠城りょうは人の良さそうな役柄が前作とダブる。娘役は華やかな容姿、ちょっとお転婆ないところがよく似合う。男役<娘役な役どころは大劇場お披露目だから?ラストのフィナーレでのデュエットダンスは、高いリフトでくるくる回って見応えあった。
トップ2人より好演が目立ったのは、母親役の海乃と父親役な鳳月杏。鳳月はひげが似合う。アルゼンチンのサッカー選手役の暁知星は、マッチョなスポーツマンという難しい役どころを怪演。低い声で重量感を出し、心なしか体つきもたくましく見えた。フィナーレではロケットの真ん中も務めて活躍。
踊りはなんかいいなと思ったら、三井聡の振付が大半で納得。
2019年10月3日木曜日
10月3日 第1回ことのは会
言葉を使う芸能の競演とのことで、今回は落語の桂吉坊、文楽の芳穂太夫・友之助、木ノ下歌舞伎の木ノ下裕一が出演。
全員によるご挨拶ののち、吉坊の落語「ツメ人情」。失敗ばかりで破門されそうな若手人形遣いを、ツメ人形が助ける、異色の人情噺?
新作浄瑠璃「赤頭巾奉行剪刀」
赤い紋付に紅の裃、赤い座布団。友之助は三味線の駒も赤(どこで買ったのか?)
童話の赤頭巾を義太夫節で。突如時代がかった言葉遣いになったかと思えば、オペなと現代語がでたり、狼が悪人らしく笑ったり(大笑いにしては短め)、面白い作りだった。三味線は友之助が「凝りすぎた」と言っていたが、古典で聞いたフレーズがふんだんに盛り込まれて楽しかった。
休憩を挟んで、合作「梅川忠兵衛」。プログラムに「前 木ノ下裕一/奥 芳穂太夫 友之助/後 吉坊」とあり、木ノ下さん何するのかと思ったら、前説というか、レクチャー。梅川忠兵衛のタイトルは、「冥途の飛脚」「けいせい恋飛脚」のような、特定の作品を取り上げるのではなく、「梅川忠兵衛の世界」という意味だそう。近松の「冥途の飛脚」の前に、梅川と忠兵衛が出てくる話があるが、忠兵衛が梅川に騙されて金を運ぶ脇キャラだったとか。近松の冥途の飛脚とその改作のけいせいと恋飛脚、歌舞伎の「恋飛脚大和往来」へと続く流れ、違いなどを説明してくれ、頭の整理がついた。
奥は文楽「新口村」の後半、孫右衛門が登場するところから。共に初役だそうで力の入った熱演。もう少し柔らかみがあったらと思うところもあったが、聞き応えがあった。
吉坊は大正期に歌舞伎で作られたという後日談を落語化。忠兵衛は打ち首になったが、梅川は生き残り、再び廓勤めをしている。後を追わないのを薄情だと誹られる梅川を庇って八右衛門が身請けを申し出るが…という筋立て。吉坊は噂話に花を咲かす遊女たちの描写がうまく、途中、梅川忠兵衛の芝居を真似て幇間が踊るところも。芸達者ぶりを堪能した。
全員によるご挨拶ののち、吉坊の落語「ツメ人情」。失敗ばかりで破門されそうな若手人形遣いを、ツメ人形が助ける、異色の人情噺?
新作浄瑠璃「赤頭巾奉行剪刀」
赤い紋付に紅の裃、赤い座布団。友之助は三味線の駒も赤(どこで買ったのか?)
童話の赤頭巾を義太夫節で。突如時代がかった言葉遣いになったかと思えば、オペなと現代語がでたり、狼が悪人らしく笑ったり(大笑いにしては短め)、面白い作りだった。三味線は友之助が「凝りすぎた」と言っていたが、古典で聞いたフレーズがふんだんに盛り込まれて楽しかった。
休憩を挟んで、合作「梅川忠兵衛」。プログラムに「前 木ノ下裕一/奥 芳穂太夫 友之助/後 吉坊」とあり、木ノ下さん何するのかと思ったら、前説というか、レクチャー。梅川忠兵衛のタイトルは、「冥途の飛脚」「けいせい恋飛脚」のような、特定の作品を取り上げるのではなく、「梅川忠兵衛の世界」という意味だそう。近松の「冥途の飛脚」の前に、梅川と忠兵衛が出てくる話があるが、忠兵衛が梅川に騙されて金を運ぶ脇キャラだったとか。近松の冥途の飛脚とその改作のけいせいと恋飛脚、歌舞伎の「恋飛脚大和往来」へと続く流れ、違いなどを説明してくれ、頭の整理がついた。
奥は文楽「新口村」の後半、孫右衛門が登場するところから。共に初役だそうで力の入った熱演。もう少し柔らかみがあったらと思うところもあったが、聞き応えがあった。
吉坊は大正期に歌舞伎で作られたという後日談を落語化。忠兵衛は打ち首になったが、梅川は生き残り、再び廓勤めをしている。後を追わないのを薄情だと誹られる梅川を庇って八右衛門が身請けを申し出るが…という筋立て。吉坊は噂話に花を咲かす遊女たちの描写がうまく、途中、梅川忠兵衛の芝居を真似て幇間が踊るところも。芸達者ぶりを堪能した。
2019年10月2日水曜日
1002 青年団「走りながら眠れ」
大正期に生きたアナキスト、大杉栄とその妻、伊藤野枝の会話劇。大杉がフランスから帰国し、関東大震災後の混乱のさなか殺されるまでまでの数ヶ月を4シーンで描く。
大杉役の古谷隆太が、こういう男はモテるよなぁという魅力があり、野枝役の能島瑞穂は子供っぽいところがありつつ、大杉という癖のある男を受け止める包容力を感じさせ好演。
この後、二人が殺されると知っているから、セリフに込められた不穏な空気や刹那的な幸福の儚さを感じられたけど、予備知識なしで観たらどうだったろう。アフタートークで平田オリザ自身も言っていたが、不親切な芝居なのかも。
大杉役の古谷隆太が、こういう男はモテるよなぁという魅力があり、野枝役の能島瑞穂は子供っぽいところがありつつ、大杉という癖のある男を受け止める包容力を感じさせ好演。
この後、二人が殺されると知っているから、セリフに込められた不穏な空気や刹那的な幸福の儚さを感じられたけど、予備知識なしで観たらどうだったろう。アフタートークで平田オリザ自身も言っていたが、不親切な芝居なのかも。
2019年10月1日火曜日
1001 人形劇団クラルテ「女殺油地獄」
1973年にクラルテが初めて手がけた近松作品を久しぶりに再演。人形は当時のものだそうで、左右非対称で歪んだ顔の与兵衛に凄みがある。
はっとしたのは、河内屋でおさわが与兵衛に折檻するところや、殺しの場面。1人遣いだけあって、動きにスピード感があって迫力があった。殺しの後、暗転して静寂になる演出もよかった。
油地獄を通して1時間45分ほどだっが、殺しの後の新町、北新地の場面はなくてもいいように思った。
役を演じてない人たちが、コロスのようにナレーションを担当。一人で語るのはいいのだが、複数で語ると声のトーンやタイミングにズレがあり、何を言っているのか聞きづらかった。歌になるとそうでもないのだが。以前、野村萬斎が現代劇の役者で声を揃えて語るのがうまくいかず、謡の手法を取り入れたらうまくいったと話していたが、そういうことなのかも。
アフタートークは文楽座の勘十郎と神宗のご隠居。勘十郎は与兵衛を遣うとき、借金を断られ、「借りますまい」と言って顔を背け、自分の持ってきた油樽が目に入った時に殺意を抱くのだそう。油で滑るところは、足遣いがエンジンで一番大変。左遣いはプレーキで、実は主遣いは一番楽なのだとか。おさわが40代と聞いて驚く。文楽の女形は、娘、老女形の次はいきなり婆で、間が抜けているのでそうなるのだとか。
はっとしたのは、河内屋でおさわが与兵衛に折檻するところや、殺しの場面。1人遣いだけあって、動きにスピード感があって迫力があった。殺しの後、暗転して静寂になる演出もよかった。
油地獄を通して1時間45分ほどだっが、殺しの後の新町、北新地の場面はなくてもいいように思った。
役を演じてない人たちが、コロスのようにナレーションを担当。一人で語るのはいいのだが、複数で語ると声のトーンやタイミングにズレがあり、何を言っているのか聞きづらかった。歌になるとそうでもないのだが。以前、野村萬斎が現代劇の役者で声を揃えて語るのがうまくいかず、謡の手法を取り入れたらうまくいったと話していたが、そういうことなのかも。
アフタートークは文楽座の勘十郎と神宗のご隠居。勘十郎は与兵衛を遣うとき、借金を断られ、「借りますまい」と言って顔を背け、自分の持ってきた油樽が目に入った時に殺意を抱くのだそう。油で滑るところは、足遣いがエンジンで一番大変。左遣いはプレーキで、実は主遣いは一番楽なのだとか。おさわが40代と聞いて驚く。文楽の女形は、娘、老女形の次はいきなり婆で、間が抜けているのでそうなるのだとか。
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