2026年7月25日土曜日

7月25日 Noism0+Noism1「私は海をだきしめていたい」改訂版「春の祭典」

「私は海をだきしめていたい」 坂口安吾の小説がモチーフ。サティの曲なのか、開演前から客席には静かなピアノが流れ、全身黒の衣装にシルクハット、傘をさした金森が下手側な客席後方から歩いてくる。舞台に上がると同じ出立ちの男性ダンサー、舞台の上手奥に真っ赤なドレスを纏った井関の後ろ姿…と、シックでスタイリッシュな雰囲気。金森・井関を含め、5人ずつの男女がすれ違ったり、絡んだり、様々に交わる。女性の衣装は裾を引き摺るくらいのロングドレスで、前に大きくスリットが入っていて、時に挑発的に大きく広げたり、腰に巻きつけたり、男性ダンサーを包み込んだり、多様な表情を見せる。 終盤、井関と金森のパドドゥが 2回繰り返され、循環を感じた。アクロバティックなリフトも多く、金森の桃の付け根あたりに両手を置いた井関の腕を金森が掴んでそのまま回転する(井関の足が宙に浮いた状態)など。 「春の祭典」 裾の長い白いシャツに短パンの衣装、背景や小道具の椅子も白っぽくどこか最新病院を思わせる。椅子と共に倒れたダンサーの真ん中で井関が震えている幕開きから、起き上がったダンサーらも何か大きなものが襲ってくるのに怯えるよう。途中、椅子取りゲームのようになり、仲間はずれを排除したり、椅子をバリケードのように積み上げたり。最後は最初のシーンに戻り、永遠に繰り返されそう。

2026年7月24日金曜日

7月24日 「虹のかけら〜もう一人のジュディ」

三谷幸喜作のジュディ・ガーランドの付き人で親友というジュディ・シルバーマンを通してガーランドの反省を描く音楽劇。シルバーマンな「オズの魔法使い」のドロシー役のオーディションでガーランドに敗れ、一方的に親友扱いされ、愛憎入り混じりつつも生涯そばにいたという設定がよくできている。彼女の書いた日記のタイトルが「a piece of rainbow」で、ニューヨークの本屋で戸田が見つけ、三谷に紹介して日本語出版、脚本化したとか(出版社がカドワキショテンとかいうのでおやとは思った)だとか。 何よりエンターテナーとしての戸田が素晴らしい。登場しただけで観客を惹きつける華がある。ガーランドの出演作を追いつつ、代表曲を歌うのだが、曲によって表情を変える歌唱が素晴らしい。 ラストは、三谷のナレーションでジュディ・シルバーマンは架空の人物であることが明かされ、きれいにオチもついた。 還暦記念で作品を作ったことから、どうして4回目を上演することになったか(3回目のニューヨーク公演が大幅な円安で赤字になったため、赤字を回収するため)を話す前フリ(?)から、終演後のパンフレットやグッズの宣伝まで含めて90分ほど。短い時間なのに、倍くらいの充実感があった。

2026年7月23日木曜日

7月23日 落語と文楽の会

こころや140周年のイベントを大槻能楽堂で。出演者が揃いの浴衣を着ているのはさすが呉服屋さん。 落語「地獄八景亡者戯」をアレンジして、吉坊の落語に合わせて人形が演じる「地獄八景人形戯」。主人公?は曲芸師のたぬきで、綱渡りから落ちて地獄に落ち、狐と珍道中という展開。狐好きの勘十郎が狐をイキイキと違い、お園に化けて閻魔の前で手品を披露するも上手くいかず尻尾を表してしまったり、たぬきと狐が綱渡りを披露したり。最後は赤鬼青鬼(お面を付けた勘介と勘吉)に追い立てられて幕。吉坊はちょっと早口な感じもあったが(この後道頓堀で別の仕事があったらしい)、閻魔の顔など、地獄八景の見せ場を取り入れつつうまいことまとめていた。 枝鶴は落語「遊山船」を披露。言うまでもないことだが、やはり上手い。夕涼みの船の様子や粋筋の芸者、阿保なやりとりがこれぞ落語という感じ。 最後は文楽で「義経千本桜」から知盛幽出立。小住・清公の床に勘十郎の知盛がどれも素晴らしく、充実の舞台。小住のおおらかさ、謡がかりはあまり能に寄せず。清公も気迫のこもったバチ捌き。勘十郎が知盛を違うことはあまりないが、知盛の決めきめのポーズが大きく勇ましく、本公演以上に力が入っているようにすら見えた。

2026年7月20日月曜日

7月20日 夏休み文楽特別公演 名作劇場

「源平布引滝」 九郎助住家の段の口を碩・勝平。 婆の語りがよかった。勝平の三味線はおおらか。 次は藤・燕三。 瀬尾の怒鳴り声に迫力あり。 切は分割して、前半を千歳・富助、後半を錣・宗助。 切り語りの無駄遣いという感じがしなくもないが、聞き応え十分の贅沢。 人形は玉彦の太郎助が可愛らしく、和生の九郎助に情があり、姿が決まっているのに改めて感心した。玉男の実盛に風格。 「恋娘昔八丈」 城木屋の段の前を靖・藤蔵。 三味線のおかげか、いい語り。番頭丈八のいやらしさがうまい。 奥は呂勢・清治だが、後半は清志郎に入れ替わる。体調が悪いのか心配。 華があって聴きごたえ十分の語り。 鈴ヶ森の段は芳穂・錦糸。 娘を気遣う庄兵衛と女房がいい。あと、珍しくハッピーエンドだよね。 お駒が喜三を手にかけるシーンを飛ばしているので、少し分かりにくい。 人形は一輔のお駒が耐え忍ぶ様が美しく、帯屋を見たいと思った。簑紫郎の才三郎はすっきりとした男前。玉也の丈八もいい感じでしつこいいやらしさを好演。

7月20日 夏休み文楽公演 親子劇場

解説「文楽ってなあに?」は玉彦。淡々と進めるあまりちょっと客が置いてけぼりに感じることも。反応を待つ余裕ができるとよさそう。子ども3人を舞台に上げて人形体験。きれいに遣えてますなどと褒めているのが好印象。立役人形と同じくらいの背丈だったので、子どもの人形を持たせていた。 「雪狐々姿湖」 有吉佐和子脚本の民話風のお話。主人公の白百合をはじめ、老若男女の狐が6匹も出てくるのが楽しく、詞章セリフは文語調がベースだが分かりやすく、セリフを「コン」に掛けるなど、言葉遊びの楽しさもある。白百合が漁師源左に助けられ、恋をする回想シーンは暗転で舞台が秋から春にに変わるなど、現代劇の演出も取り入れられている。 崑山の秋は掛け合いで、三輪の白百合、南都の白蘭尼、咲寿のコン平、薫の右コン、織栄の左コン、津国のコン蔵に清友、清志郎、清馗、清丈、藤之亮。 コン平は白百合の許嫁ということだが、咲寿の語りはわんぱく坊主のようで少し子供っぽいキャラに聞こえた。右コン、左コンの双子はワアワアと騒がしい。白蘭尼、コン蔵に落ち着き。 文楽劇場に6匹もの狐がいたのか驚く。人形遣いは頭巾をかぶっているが、狐の毛の色が違ったり、着物?を着ていたりでキャラクターが見分けられるようになっている。コン平の人形は尻尾をピンと立てたり、回したりするのだが、人形遣いは両手を人形の胴体に入れたままなので、何か仕掛けがあるのだろうか。 漁師源左の家は織・清公。本役の清介が病気休演で急遽の代役だろうに、滅多にかからない新作をよくやっていると感心。織の語りが単調なのか、舞台上の動きが少ないせいか、途中集中力が途切れた。宝珠の力がなくなって狐の姿に戻ってしまうところとか、もっとドラマチックに見せてほしい。 ラスト、冬の湖畔はツレに碩と聖、清允と清方が入る。狐の姿になった白百合が宝珠を手に入れて人の姿に戻るとその重さで湖の氷が割れて溺れ死んでしまうというラスト。一瞬の喜びの後の悲劇が残酷。 人形は清十郎の白百合、玉佳の源左など。

2026年7月19日日曜日

7月19日 木ノ下歌舞伎「心中天網島」

八百屋の舞台の下から小春と治兵衛が顔を出し、出会いの場面から。遊女とスケベな客だったのが、どうしてあんなに深い仲になったのかは今ひとつ分からないが、カジュアルな感じで仲を深めていきながら、どんどん話はシリアスな方向に。 おさんが箪笥の中のものを取り出しながら、治兵衛との幸せだった日々を思い出すシーンがいい。幼馴染の仲良しで学生時代にラブレターをもらったことや、レストランでのプロポーズ、出産…。相思相愛の女房を捨ててなぜ遊女と破滅へ進むのか。おさんの歌う「ねえあなた、まだ私のこと見てる」とういう歌詞が切ない。 ラストは、小春を何度も刺して痛みにのたうち回るし、治兵衛も首を括って苦しみに呻く。全ては愛と死、ああ愛しいと歌うエンディング。 アクセシビリティ版として、舞台上に手話通訳と、左右にの頭上に字幕モニターがかかる。通訳はコーラスと同じ衣装をまとうなど、目立たせない工夫をしていたが、物語と関係のない、登場人物と温度感の異なる人がいるのは違和感を拭えない。字幕は、聞き取れなかったセリフを確認できるのはありがたいようだが、やはり部隊に集中できないのはマイナスと感じた。アフタートークで、同時字幕をつかうのはいい試み。木ノ下解説は天網島は近松の心中もののうち、最後から2作目。1作目の曽根崎が応援できる心中なのに対し、今作はいい人が一人も出てこない。いい・悪いだけでない、煮え切らないところが魅力と。

7月19日 Bunraku Summer Festival

チャップリンの「街の灯」を文楽化するにあたり、第3部だけ別立ての英語タイトルになった模様。 「寿柱立万歳」 付け足しのおまけのような一幕。睦、小住、聖、織部、文字栄に、団七、団吾、寛太郎、錦吾、清方。 睦は声が掠れ気味で辛そうだったが、小住はハリのある声でめでたい雰囲気を醸す。初舞台の織部はまずまずか。団七は調子があってないのか、不協和音に聞こえた。 人形は玉誉と玉翔。 玉誉は人形の位置が低く足が手すりの下になりがちなのが気になった。玉翔は軸がしっかりしていて、安定感がある。 「まちの灯」 友之助作曲の三味線が面白く、ところどころ映画音楽のメロディを取り入れたり、ギターのような奏法で通常ないような音を出したり。幕開きは御簾内の三味線?と胡弓が物悲しいメロディを奏でるなか静かに盆が回って希・清公が登場。三味線が映画のメロディを奏でたところで笑いが起こったのは、チャップリン協会の人らが多かったせいか。 全体的に、三味線は工夫を凝らして面白いのだが、語りが凡庸。特に切場は淡々と起伏のない語りで、三味線が1人で盛り上げているようだった。あと、最後にお花が与次郎の手を取って誰だか気づくところ、「この手、この指、この温もり」というところがクライマックスなので、同じ詞章が前に2回ほど出ているのはちょっとくどいと思った。あと、家賃を滞納して困ったお花が「こういう時に与次郎さんがいたら、、」とあからさまにいうのもちょっと違うのでは。 配役は序を希・清公、二段目・三段目を希、亘と清公、燕二郎、四段目を亘・燕二郎。五段目から大詰めを若・友之助。 二、三段目は掛け合いなのだが、希が与次郎とお花、亘が勘右衛門と藤八という分け方はいかに? 人形は与次郎を勘十郎。このために作ったという、眉毛が上下に動くだけでなく、下がり眉にもなるという首チャーリーに ペーソスがある。相撲の場で土俵から投げ飛ばされるところなど、勘十郎も這々の態といった感じで、笑いを誘った。