2019年7月18日木曜日

7月13月 清流劇場「アルケスティス異聞」

青組を所見。泉希衣子のアルケスティスはアルカイックスマイルの中に皮肉が感じられる。ラストの旅立ちはしがらみから解き放たれ、スッキリした様子。
ヘラクレスの立花裕介は無邪気。大らかさから、アドメトスの隠し事に気づかなかったように見えた。

0713 エイフマン・バレエ「アンナ・カレーニナ」

小説が原作だが、ある意味芝居よりもドラマティック。アンナが出会う場面で、一目で恋に落ちたのが分かったし、夫との確執、恋人との歓喜、手のひらを返したように冷淡になる社交界の人々に傷つき、狂気に落ちる様がどれもリリカルに描かれる。アクロバティックなリフトには眼を見張った。群舞も高度なテクニックで、テンポの速い難しい振りに息つく暇もない。ダンサーが皆スラリとしていると思ったら、長身の人ばかりを集めているそう。ダイナミックで、絵画のようなポーズが印象に残る。

0711 青龍劇場「アルケスティス異聞」

ダブルキャストの白組。
突如死を迎えることとなったアドメトス(髙口真吾)はアポロンの計らいで、誰かを身代わりとすることで命を永らえることができるやうになる。が、年老いた両親に断られ、妻のアルケスティスが身代わりを名乗り出る。死を迎える日のアドメトスの狼狽ぶりは、笑いにもなりそうだが、案外シリアスに進む。
アルケスティス役の永津真奈が凛とした美しさ。淡々とした様子は何を考えているか分からず、ミステリアス。上海太郎が無邪気?なアポロンと老練な父の二役で存在感。ヘラクレスの倉増哲州は男前だが、アドメトス家の状況が分からないのはあまりに察しが悪く、アホみたい。
黄泉の国から戻ったアルケスティスは穢れのため3日間口がきけない。創作した3日後の場面で、生まれ変わった人生を自由に生きたいという。夫のために命を捨てた素晴らしい妻として賞賛される一方、妻を犠牲にしたアドメトスには負い目や周囲からの非難があるはずで、「鬱陶しいと思うようになる」というアルケスティスの指摘は至極もっとも。全てなかったことにして、元の生活を喜ぶことができるのだろうか?

7月9日 七月大歌舞伎 夜の部

「葛の葉」
時蔵の葛の葉姫。子どもへの愛情に溢れ、子役も可愛らしく、哀れさが増す。歌を書き残すことろは、上の句を右手で、子どもの手を引いて左手で鏡文字、最後は口に咥えて。実際に墨で書いているようだった。道行の花道で狐の面をつけていたのは萬屋の型か?保名は萬太郎。身長といい、年齢差といい、バランスの悪い組み合わせ。

「芝居前」
鴈治郎、孝太郎ら上方の中堅が江戸からの客人、時蔵や芝翫らを迎える趣向。梅枝や隼人ら若手が一指し踊った後、仁左衛門、秀太郎が現れて口上。40年前には竹三郎が47歳だったとか。

「上州土産百両首」
菊之助の牙次郎は好演していたが、顔立ちが綺麗すぎる。正太郎の芝翫とのやり取りが妙にいちゃいちゃしていて、男の友情でなく、同性愛に見えた。

2019年7月9日火曜日

0705 ディミトリス・パパイオアヌー「THE GREAT TAMER」

断片的なモチーフを繋いだような作品。起伏のある傾斜に艶のない黒い板を並べた舞台。開演前から1人の男が佇み、客席に時折視線を走らせる。
開演のベルが鳴ると、男は靴を脱いで(靴は床に固定されているらしい)、おもむろに服を全て脱ぎ、ひっくり返した板の上に横たわる。まるで日光浴をするように。後方から現れた男が白い布で覆うと、前方から現れた別の男が、横たわる男の隣の板を立て掛け、倒すときに生じる風で白布を吹き飛ばす…というやりとりが何度も繰り返される。
床の穴から全裸の若者が生まれるように現れたり、掘った穴に落ちていなくなったり。全身黒の衣装で、ある人は胴体、ある人は左足といった風に体の一部だけを肌ぬぎにし、複数人でまるで1人の人のように形作るのが面白い。上半身は女の裸、下半身は2人の男が片脚ずつというのもあった。
テンポを変えながら、「美しく青きドナウ」のメロディーが流れる。「未知との遭遇」を思わせる場面も。



0705 壱劇屋「PICKAROON!」

セリフありの殺陣芝居。ワードレスにこだわっていた時よりも物語の深みや広がりがあり、見応えがあった。初日だということで、殺陣がこなれていないところもあったが、よく動くキャスト達が迫力ある舞台を作っていた。
御姫(池未来実)はセリフまわしが拙いが、記憶をなくした役らしさの演出?可憐で、盗賊達がこぞって守ってあげたくなるキャラにはぴったり。
7人の盗賊のキャラが立っていて、戦隊もののような格好良さ。フラフープのような輪の刃を仕込んだ武器や、似顔絵で描いた人物に変身する技などが面白い。陸上飛(西分綾香)が飛んだり跳ねたり躍動的なキュートなさ。紙研(立花明依)はショートヘアのクールな役で宝塚の男役のよう。
敵役の佐久間(岡村圭輔)は体格が良く立ち姿が立派で、よく通る声で存在感がある。先帝亡き後、他人の身体に先帝の顔を貼り付けて傀儡にしているという設定は面白いが、そもそも帝自体が虚構だというのは如何に?その娘と思われた姫もどこぞから調達してきた、縁もゆかりもない赤児だったというのも、意図がよく分からない。臣下のものが帝を殺して実験を握り、帝位継承者である娘を巡って争うというほうが、筋が通る気がするのだが。最後、自ら首を切って死ぬというのも???だった。
民衆は目に見えるシンポルを欲しがるとか、時代を突くような台詞もあっただけに、もったいない。

7月4日 七月大歌舞伎 昼の部

「色気噺お伊勢帰り」
松竹新喜劇の喜劇。喜六と清八が出てきて、上方落語みたいだったり、伊勢の油屋の遊女でお紺とお鹿が出てきたり、清八に危険を知らせようと喜六が駆け出すところで夏祭のようなやり取りがあったりと、上方歌舞伎のパロディーのようなところも。
喜六が頓珍漢な受け答えをするところは笑いどころなのだろうが、少々くどくも感じたが、鴈治郎は三枚目のキャラが微笑ましい。
芝翫の清八は江戸から流れてきた大工という設定で、江戸弁で通したのも無理がなくてよかった。
喜六女房お安の扇雀、清八女房お咲の壱太郎はそれぞれ役によく似合う。お紺の梅枝があだっぽく、そのイロの隼人が二枚目風。

「厳島招檜扇」
我当が久々の舞台復帰。ほぼ座っているだけで、台詞は明瞭でないところもあり、プロンプに頼るところもあったが、まずは元気そうで何より。ラストや扇を掲げるところで、後ろから後見が腕を支えていたように見えたが…。

「義経千本桜」
渡海屋から大物浦。
仁左衛門の知盛が気迫溢れる。安徳帝に諭されて戦意を失うところとか、芝居が深まっているよう。安徳帝役の子役も達者だった。
孝太郎は渡海屋の世話っぽいところは秀太郎に及ばないかと思ったが、内侍の局になってからは凛とした美しさがあった。
鴈治郎の相模はご注進のとこらが流石にしんどそう。猿弥とのコンビはいい。
3階席にしたのは、知盛の最期がより近くで観られていいかと思ったのだが、見なくてもいいものまで見えてしまった…。