2026年8月1日土曜日

8月1日 貞松・浜田バレエ団「バレエ・ドラゴンクエスト」

ゲーム原作と軽く見ていたが、ストーリーも、振付も、バレエ作品としてとてもよくできていた。中世ヨーロッパ風のファンタジー世界とバレエの相性はいいのだろう。音楽も、オーケストラで奏でられるメインテーマは盛り上がりるし、ほかも木琴を使った軽やかな曲やフルートを効果的に使うなど、バラエティにとんだシンフォニー。一部、戦隊モノみたいな劇伴音楽もあり、いい感じでゲームとのコラボだった。 白の勇者の後藤俊星が主役だが、踊りの見せ場は黒の勇者の小森慶介により多く、高い跳躍、回転の速さなど、テクニックを遺憾無く発揮。王女の宮本萌は可憐なだけでなく、敵に立ち向かう強さも魅せた。何より、賢者役の山本隆之は立っているだけで存在感があり、物語に説得力を加えた。重いローブを纏っているので、動きは大きくないのだが、手を挙げたり回ったりするだけでも、際立つ美しさ。魔王役の法村圭緒は禍々しい感じだがラスボス感が薄く、最初出てきた時は黒の勇者のお付きみたいに見えた。 2幕で出てくる聖母(竹中優花)は重要な役どころながら、王女(正木志保)と衣装が似ていて、同一人物かと混乱した。(カーテンコールで並ぶと王女は金、聖母は銀だと分かるのだが、別々に出てくると見分けがつかない。せめて王冠の形はもっとはっきり違いを出す方がいいと思う) 伝説の勇者(水城卓哉)は案外弱い。ラスト、黒の勇者が魔王を道連れに死ぬところは、魔王が理由なく後ろの方へ移動するのに段取り感があって残念。黒の勇者と揉み合いながら動くなど、もっと自然な形だとなおよかった。

2026年7月31日金曜日

7月31日 第十一回あべの歌舞伎 晴の会

「瀧汗舞踊顔見晴」の外題通り、大汗かいての舞踊づくし。 幕開きは「ようこそ晴の会へ」と題して、第一回の映像から過去公演を振り返るトークへ。晴の会の名前の由来(ハルカスにちなんで「晴」の字を使いたい、「はれのかい」ではつまらないと秀太郎が難色、かつて自主公演の際に「そらのかい」の名前を提案され実現しなかったことを思い出し「晴」を「そら」と読むことにしたとか)。途中、友五郎も登壇し、還暦祝いで3人からもらった辰模様の赤いネクタイを披露。 舞踊三題は長唄の「傾城」から。 千寿の傾城とりき弥の新造。美しいが重たい衣装のためあまり動かず、舞踊としては見応えにかける。 常磐津「粟餅」は翫政の杵造に千次郎のお臼。千次郎の女方は珍しく、緊張した面持ちながら可愛らしい。朗らかな翫政との掛け合いも軽妙。 長唄「橋弁慶」は松十郎の弁慶に千太郎の牛若丸。松十郎は第一回でも踊っていたが、重厚感が増し、弁慶の貫禄があった。千太郎は若々しさ。 上方笑作事と題した新作「三人ほら吹き」は古典舞踊「三人片端」の翻案。用心棒募集の立て札を見た3人の盗賊が、力持ち、鼻がきく、俊足と大嘘をついて、殿様の屋敷に入り込む。狂言仕立てで、晴岡主馬の佑次郎に使える翫政の吾郎太が主人と太郎冠者のような感じ。松十郎の剛の権蔵、千寿のおきゃんのお花、千次郎のはしこい半平がそれぞれ踊りを披露し、千次郎は三つ面の踊りで大奮闘。最後は、盗賊を捕まえようと主従入り乱れてのドタバタで、賑やかな踊りに。最後は3人が財宝を手に逃げおおせるのもおおらかでいい。吾郎太の翫政が三人の嘘を見抜く、抜け目のない従者を好演。 晴の会名物?の屏風の演出が活用され、表面は松の絵が描かれ松葉目の代わりに、途中、裏返すと宝物蔵になる。 りき弥と千太郎が屋敷に使える腰元、鴈大が立て札の内容を誤解して飯を貰いにくる浮浪者ぐう太郎。屋敷ないをうろうろしていてもおかしくない役柄を、小道具を手渡すなど後見役としても生かすのはうまい演出と思った。 長唄、常磐津に鳴物も加わり、演奏面も贅沢だった。 上方笑作事と題した新作「三人ほら吹き」は古典舞踊「三人片端」の翻案。3人の盗賊が、力持ち、鼻がきく、俊足と大嘘をついて、殿様の屋敷の用心棒として入り込む。狂言仕立てで、晴岡主馬の佑次郎に使える翫政の吾郎太が主人と太郎冠者のような感じ。松十郎の剛の権蔵、千寿のおきゃんのお花、千次郎のはしこい半平がそれぞれ踊りを披露し、千次郎は三つ面の踊りで大奮闘。最後は、盗賊を捕まえようと主従入り乱れてのドタバタで、賑やかな踊りに。最後は3人が財宝を手に逃げおおせるのもおおらかでいい。

2026年7月30日木曜日

7月30日 地主薫バレエ団 ダブルビル

「パキータ」 パキータとリュシアンの結婚の場を、グランパドドゥやパドトロワ、群舞で華やかに。 パキータ役の山崎優子は華があり、アームスがパキッと決まって美しい。リュシアンは怪我で降板の松田大輝に変わって石神航一。着地でグラつくなどヒヤッとするところもあったが、大過なく大役を勤めた。 パドトロワは葭岡未帆、宗近匠、三谷ゆり。葭岡が存外冴えず、三谷の端正な踊りに目を惹かれた。 貴族など、大人数の群舞もよくまとまって、見応えがあった。 「ラ・シルフィード」 倉永美沙のシルフィードは妖精の軽やかさ、神秘性を体現。序盤のピルエットでポワントが落ちたように見えたが、他は危なげなく、ヴェールを掛けられて苦しむ様も美しい。奥村康祐のジェームズも期待通りで、浮気な青年の揺れ動く心情を生き生きと描き、幕切れの悲嘆に暮れる後ろ姿が哀れ。(マッジに怒って両拳を振り上げる仕草はなんか可愛いかった) マッジは元スコティッシュ・バレエ団の下村由理恵。得体の知れない老女を快演。ラスト、高らかに笑う姿は清々しいほど。エフィの奥村唯、グァーンの巽誠太郎も役に合っていた。 エフィやジェームズの友人、子供たちなど、舞台上にたくさんの人がいて賑やか。

2026年7月25日土曜日

7月25日 Noism0+Noism1「私は海をだきしめていたい」改訂版「春の祭典」

「私は海をだきしめていたい」 坂口安吾の小説がモチーフ。サティの曲なのか、開演前から客席には静かなピアノが流れ、全身黒の衣装にシルクハット、傘をさした金森が下手側な客席後方から歩いてくる。舞台に上がると同じ出立ちの男性ダンサー、舞台の上手奥に真っ赤なドレスを纏った井関の後ろ姿…と、シックでスタイリッシュな雰囲気。金森・井関を含め、5人ずつの男女がすれ違ったり、絡んだり、様々に交わる。女性の衣装は裾を引き摺るくらいのロングドレスで、前に大きくスリットが入っていて、時に挑発的に大きく広げたり、腰に巻きつけたり、男性ダンサーを包み込んだり、多様な表情を見せる。 終盤、井関と金森のパドドゥが 2回繰り返され、循環を感じた。アクロバティックなリフトも多く、金森の桃の付け根あたりに両手を置いた井関の腕を金森が掴んでそのまま回転する(井関の足が宙に浮いた状態)など。 「春の祭典」 裾の長い白いシャツに短パンの衣装、背景や小道具の椅子も白っぽくどこか最新病院を思わせる。椅子と共に倒れたダンサーの真ん中で井関が震えている幕開きから、起き上がったダンサーらも何か大きなものが襲ってくるのに怯えるよう。途中、椅子取りゲームのようになり、仲間はずれを排除したり、椅子をバリケードのように積み上げたり。最後は最初のシーンに戻り、永遠に繰り返されそう。

2026年7月24日金曜日

7月24日 「虹のかけら〜もう一人のジュディ」

三谷幸喜作のジュディ・ガーランドの付き人で親友というジュディ・シルバーマンを通してガーランドの反省を描く音楽劇。シルバーマンな「オズの魔法使い」のドロシー役のオーディションでガーランドに敗れ、一方的に親友扱いされ、愛憎入り混じりつつも生涯そばにいたという設定がよくできている。彼女の書いた日記のタイトルが「a piece of rainbow」で、ニューヨークの本屋で戸田が見つけ、三谷に紹介して日本語出版、脚本化したとか(出版社がカドワキショテンとかいうのでおやとは思った)だとか。 何よりエンターテナーとしての戸田が素晴らしい。登場しただけで観客を惹きつける華がある。ガーランドの出演作を追いつつ、代表曲を歌うのだが、曲によって表情を変える歌唱が素晴らしい。 ラストは、三谷のナレーションでジュディ・シルバーマンは架空の人物であることが明かされ、きれいにオチもついた。 還暦記念で作品を作ったことから、どうして4回目を上演することになったか(3回目のニューヨーク公演が大幅な円安で赤字になったため、赤字を回収するため)を話す前フリ(?)から、終演後のパンフレットやグッズの宣伝まで含めて90分ほど。短い時間なのに、倍くらいの充実感があった。

2026年7月23日木曜日

7月23日 落語と文楽の会

こころや140周年のイベントを大槻能楽堂で。出演者が揃いの浴衣を着ているのはさすが呉服屋さん。 落語「地獄八景亡者戯」をアレンジして、吉坊の落語に合わせて人形が演じる「地獄八景人形戯」。主人公?は曲芸師のたぬきで、綱渡りから落ちて地獄に落ち、狐と珍道中という展開。狐好きの勘十郎が狐をイキイキと違い、お園に化けて閻魔の前で手品を披露するも上手くいかず尻尾を表してしまったり、たぬきと狐が綱渡りを披露したり。最後は赤鬼青鬼(お面を付けた勘介と勘吉)に追い立てられて幕。吉坊はちょっと早口な感じもあったが(この後道頓堀で別の仕事があったらしい)、閻魔の顔など、地獄八景の見せ場を取り入れつつうまいことまとめていた。 枝鶴は落語「遊山船」を披露。言うまでもないことだが、やはり上手い。夕涼みの船の様子や粋筋の芸者、阿保なやりとりがこれぞ落語という感じ。 最後は文楽で「義経千本桜」から知盛幽出立。小住・清公の床に勘十郎の知盛がどれも素晴らしく、充実の舞台。小住のおおらかさ、謡がかりはあまり能に寄せず。清公も気迫のこもったバチ捌き。勘十郎が知盛を違うことはあまりないが、知盛の決めきめのポーズが大きく勇ましく、本公演以上に力が入っているようにすら見えた。

2026年7月20日月曜日

7月20日 夏休み文楽特別公演 名作劇場

「源平布引滝」 九郎助住家の段の口を碩・勝平。 九郎助女房の語りがよく、仁惣太の小物ぶりとの語り分けもしっかり。勝平の三味線はおおらか。 次は藤・燕三。 瀬尾の怒鳴り声に迫力があり、ビクッとした。九郎助、太郎吉のやり取りがほのぼの。燕三は情景描写が鮮やか。 切は分割して、前半を千歳・富助、後半を錣・宗助。 切り語りの無駄遣いという感じがしなくもないが、聞き応え十分の贅沢。 人形は玉彦の太郎助が愛らしい。和生の九郎助は情があり、姿が決まっているのに改めて感心した。玉男の実盛に風格。 「恋娘昔八丈」 城木屋の段の前を靖・藤蔵。 三味線のおかげか、いい語り。番頭丈八のいやらしさがうまい。 奥は呂勢・清治のところ、後半は清志郎に入れ替わる配役変更。清治は体調が悪いのか心配だが、自分で立って退場していたのでそれほどでもないのか。呂勢は華があって聴きごたえ十分。 鈴ヶ森の段は芳穂・錦糸。 娘を気遣う庄兵衛と女房がいい。文楽にしては珍しくハッピーエンドだが、直前までは悲劇。 お駒が喜三を手にかけるシーンを飛ばしているので、少し分かりにくい。 人形は一輔のお駒が丈八のアプローチ?を耐え忍ぶ様が美しく、帯屋を見たいと思った。簑紫郎の才三郎はすっきりとした男前。玉也の丈八もいい感じでしつこいいやらしさを好演。 26日に再見。夏公演で一番の見応え、聞き応え。

7月20日 夏休み文楽公演 親子劇場

解説「文楽ってなあに?」は玉彦。淡々と進めるあまりちょっと客が置いてけぼりに感じることも。反応を待つ余裕ができるとよさそう。子ども3人を舞台に上げて人形体験。きれいに遣えてますなどと褒めているのが好印象。立役人形と同じくらいの背丈だったので、子どもの人形を持たせていた。 「雪狐々姿湖」 有吉佐和子脚本の民話風のお話。主人公の白百合をはじめ、老若男女の狐が6匹も出てくるのが楽しく、詞章セリフは文語調がベースだが分かりやすく、セリフを「コン」に掛けるなど、言葉遊びの楽しさもある。白百合が漁師源左に助けられ、恋をする回想シーンは暗転で舞台が秋から春にに変わるなど、現代劇の演出も取り入れられている。 崑山の秋は掛け合いで、三輪の白百合、南都の白蘭尼、咲寿のコン平、薫の右コン、織栄の左コン、津国のコン蔵に清友、清志郎、清馗、清丈、藤之亮。 コン平は白百合の許嫁ということだが、咲寿の語りはわんぱく坊主のようで少し子供っぽいキャラに聞こえた。右コン、左コンの双子はワアワアと騒がしい。白蘭尼、コン蔵に落ち着き。 文楽劇場に6匹もの狐がいたのか驚く。人形遣いは頭巾をかぶっているが、狐の毛の色が違ったり、着物?を着ていたりでキャラクターが見分けられるようになっている。コン平の人形は尻尾をピンと立てたり、回したりするのだが、人形遣いは両手を人形の胴体に入れたままなので、何か仕掛けがあるのだろうか。 漁師源左の家は織・清公。本役の清介が病気休演で急遽の代役だろうに、滅多にかからない新作をよくやっていると感心。織の語りが単調なのか、舞台上の動きが少ないせいか、途中集中力が途切れた。宝珠の力がなくなって狐の姿に戻ってしまうところとか、もっとドラマチックに見せてほしい。 ラスト、冬の湖畔はツレに碩と聖、清允と清方が入る。狐の姿になった白百合が宝珠を手に入れて人の姿に戻るとその重さで湖の氷が割れて溺れ死んでしまうというラスト。一瞬の喜びの後の悲劇が残酷。 人形は清十郎の白百合、玉佳の源左など。

2026年7月19日日曜日

7月19日 木ノ下歌舞伎「心中天網島」

八百屋の舞台の下から小春と治兵衛が顔を出し、出会いの場面から。遊女とスケベな客だったのが、どうしてあんなに深い仲になったのかは今ひとつ分からないが、カジュアルな感じで仲を深めていきながら、どんどん話はシリアスな方向に。 おさんが箪笥の中のものを取り出しながら、治兵衛との幸せだった日々を思い出すシーンがいい。幼馴染の仲良しで学生時代にラブレターをもらったことや、レストランでのプロポーズ、出産…。相思相愛の女房を捨ててなぜ遊女と破滅へ進むのか。おさんの歌う「ねえあなた、まだ私のこと見てる」とういう歌詞が切ない。 ラストは、小春を何度も刺して痛みにのたうち回るし、治兵衛も首を括って苦しみに呻く。全ては愛と死、ああ愛しいと歌うエンディング。 アクセシビリティ版として、舞台上に手話通訳と、左右にの頭上に字幕モニターがかかる。通訳はコーラスと同じ衣装をまとうなど、目立たせない工夫をしていたが、物語と関係のない、登場人物と温度感の異なる人がいるのは違和感を拭えない。字幕は、聞き取れなかったセリフを確認できるのはありがたいようだが、やはり部隊に集中できないのはマイナスと感じた。アフタートークで、同時字幕をつかうのはいい試み。木ノ下解説は天網島は近松の心中もののうち、最後から2作目。1作目の曽根崎が応援できる心中なのに対し、今作はいい人が一人も出てこない。いい・悪いだけでない、煮え切らないところが魅力と。

7月19日 Bunraku Summer Festival

チャップリンの「街の灯」を文楽化するにあたり、第3部だけ別立ての英語タイトルになった模様。 「寿柱立万歳」 付け足しのおまけのような一幕。睦、小住、聖、織部、文字栄に、団七、団吾、寛太郎、錦吾、清方。 睦は声が掠れ気味で辛そうだったが、小住はハリのある声でめでたい雰囲気を醸す。初舞台の織部はまずまずか。団七は調子があってないのか、不協和音に聞こえた。 人形は玉誉と玉翔。 玉誉は人形の位置が低く足が手すりの下になりがちなのが気になった。玉翔は軸がしっかりしていて、安定感がある。 「まちの灯」 友之助作曲の三味線が面白く、ところどころ映画音楽のメロディを取り入れたり、ギターのような奏法で通常ないような音を出したり。幕開きは御簾内の三味線?と胡弓が物悲しいメロディを奏でるなか静かに盆が回って希・清公が登場。三味線が映画のメロディを奏でたところで笑いが起こったのは、チャップリン協会の人らが多かったせいか。 全体的に、三味線は工夫を凝らして面白いのだが、語りが凡庸。特に切場は淡々と起伏のない語りで、三味線が1人で盛り上げているようだった。あと、最後にお花が与次郎の手を取って誰だか気づくところ、「この手、この指、この温もり」というところがクライマックスなので、同じ詞章が前に2回ほど出ているのはちょっとくどいと思った。あと、家賃を滞納して困ったお花が「こういう時に与次郎さんがいたら、、」とあからさまにいうのもちょっと違うのでは。 配役は序を希・清公、二段目・三段目を希、亘と清公、燕二郎、四段目を亘・燕二郎。五段目から大詰めを若・友之助。 二、三段目は掛け合いなのだが、希が与次郎とお花、亘が勘右衛門と藤八という分け方はいかに? 人形は与次郎を勘十郎。このために作ったという、眉毛が上下に動くだけでなく、下がり眉にもなるという首チャーリーに ペーソスがある。相撲の場で土俵から投げ飛ばされるところなど、勘十郎も這々の態といった感じで、笑いを誘った。

2026年7月18日土曜日

7月18日 TTR能プロジェクト「和魂Ⅻ」

ワキを観るのタイトルで、ワキ方の3流儀、下掛宝生流の宝生欣哉、福王流の福王知登、高安流の有松遼を招いての企画。普段あまり流儀の違いに注目することはなかったが、いろいろ特徴や違いがあって面白かった。 道成寺の語りを連続で実演すると、同じ詞章でも印象がずいぶん違う。型の違いで、「葵上」の「祈」のワキを福王と有松が同時に演じるという実験的な試みも。舞台上を移動する軌道も違うし、数珠をこするタイミングも違う。数珠を構える際、福王は手を上下に重ねるが、有松は左右で、時折払うような仕草を入れるのも特徴的。とても興味深かったが、演じる方は大変そう。 能「張良」 浦田保親のシテ、宝生欣哉のワキ。 ワキが活躍する曲で、後半、川に揉まれる様をのけぞりながら回転するなどアクロバティックな動きもあって面白い。 ツレの龍神に大槻裕一。事前講座で本人が言っていたように、張良が剣を抜くとあっさり降参してしま羽。

2026年7月17日金曜日

7月11日 英国ロイヤルバレエ団「ジゼル」

サラ・ラム、平野亮一ペア。 サラは一幕目は無邪気な村娘。アルブレヒトの誘いに恥じらう様子が可憐で愛らしい。平野のアルブレヒトは立派な体躯で、男らしくも貴族の傲慢さが滲む。バチルド一行に見つかったときは、知らぬふりを決め込むし。ジゼルが死んでからも、遺体に縋り付いたり、ヒラリオンに掴みかかったりするが従者に促されて意外とあっさり退場する。1幕の終わり、ジゼルと母だけが舞台に残るのは、喪失感が際立つ。 2幕はミルタのアネット・ブヴォリが細かなパドブレで滑るように登場し、一気に霊元の世界に引き込む。感情を露わにせず、冷酷というか、何を考えているのか分からない不気味さがある。サラは体重を感じさせない儚さで、無垢な魂。深い慈悲心でアルブレヒトを包み込むよう。平野アルブレヒトは何かを悟ったような自覚が感じられた。 ヒラリオンのヴァレンティノ・ズケッティは存外存在感が薄く、群舞もイマイチ揃ってない。音楽のテンポが速めなのも神秘性を損なった。

2026年7月12日日曜日

7月12日 英国ロイヤルバレエ団「ジゼル」

高田茜目当てでチケットを買ったので降板にがっかりしていたが、代役のフランチェスカ・ヘイワードがとても良かった。登場は、溌剌と、しかし素朴な村娘の風情で、ロイスのアプローチをかわすのも鬼ごっこを楽しむよう。狂乱の場面はいたいけ。ウィリーになってからは、少し大人びて、深い慈悲心でアルブレヒトを庇護するようだった。 アルブレヒトのセザール・コラレスは、支配階級ならではの傲岸さで、バチルドらに露見してからは知らぬふり。ジゼルの墓を訪れて死を悼むものの、ウィリーに襲われるとひたすら命乞い。踊りを命じられると、一部をジゼルが肩代わりしているように感じた。 ヒラリオンのアクリル瑠嘉は、粗野だけど、愛情深い男を好演。 ミルタのジュリア・ロスコーは前日のブヴォリに比べると俗っぽい。神経質そうな感じがした。

7月12日 スーパー歌舞伎「もののけ姫」

團子のアシタカがはまり役。こんなに純粋でまっすぐな青年を演じられる役者が他にいるだろうか。村が祟り神に襲われるのを助けるため、花道を駆け入る登場シーンで涙が出そうになった。「真っ直ぐな目で見極める」と言うセリフがしっくりくる。 時蔵のエボシ御前もピッタリ。セリフ少なく登場する場面から格好よくて、惚れ惚れ。着いて行きたくなるリーダー。 壱太郎のサンはちょっとイメージと合わないか。立ち回りなども頑張っていた(途中、スタントに入れ替わるところもあった)が、台詞回しも含め全体的にちょっと重い感じがした。 その他の配役も適材適所のはまり役ばかりで、モロの君の笑三郎も包容力があってよく、おトキの笑也と甲六の青虎との掛け合いも面白い。あと、猿弥のジコ坊がすごくジコ坊だった。

2026年7月10日金曜日

7月10回 素浄瑠璃の会

「妙心寺の段」を靖・燕二郎。 会場のせいか、音が遠くで鳴っているみたいで、響いてこない。三味線の音も出だしから軽い感じで、あれ?と思った。(アフタートークで鳴りがいいと言っていたので私だけ?)後半は手数も多く、掛け声も。 「道明寺の段」は呂勢・燕三。 引き出しから格調があり、厳かな雰囲気に引き込まれた。呂勢は覚寿に品格がある。菅丞相はもう少し重みが欲しいか。75分を全く飽きさせなかった。 アフタートークは反省会のようになってしまい、勉強会で何度か勤めた靖もできなかったところがいろいろあり、「ヤレ」というセリフは初菊が立ち上がって言うのにそうならなかったとか、初役の燕二郎は冷静でいなくてはいけないのに、手数が多くなる後半はテンパってしまったとか。呂勢は先人らの舞台に遠く及ばないと。経験したことを次に繋げたいとは、皆が言っていた。 なぜか嶋太夫の話題に。靖がメインで使っている鯉の見台は入門してすぐに嶋太夫からもらったそうで、「他の弟子はもらってない。師匠に愛されていた」と呂勢。燕三は20代の頃、千歳との勉強会で大曲ばかりやっていたら、「もっと身の丈に合ったものをやりなさい」と言われたとか、蝙蝠聚会で鳴門や柳、封印切の稽古をしてもらったとか。「お客さん稽古」(呂勢)で普段は言わないようなことまで丁寧に教えるので、弟子たちは隣の部屋で盗み聞きしてたそう。「世が世なら名人になっていたのに、最後は辞めさせられてしまって…」(燕三)と際どい発言まで。ただ、義太夫の技術は確かだったと言っていた。帰り際、葵太夫の姿を見た。

2026年7月5日日曜日

7月5日 新国立劇場バレエ団 ダブル・ビル

「String SAGA」 振付の宝満直也によると、SAGAは冒険譚のサーガと「性」を掛けているのだそう。 撚る、張る、絡まる、弾く・紡ぐ、縺れる、織るのパートがシームレスにつながり、それぞれ特徴的な動きがダンサーの高い身体性で表現される。舞台を覆う薄い紗のような布は光沢があり、シャボン玉の膜のようにも見える。中で踊るダンサーの身体がシルエットになって幻想的。特に、冒頭、一人で布と戯れる小野絢子が印象的だった。 「暗闇から解き放たれて」 舞台上に白く光る雲のような、あるいはUFOのような物体が浮かび、未来を感じさせる。グレーを基調とするモノトーンの衣装もSF感をかもす。 前日にチケットを取ったら、隣が草刈民代でびっくり。

2026年7月4日土曜日

7月4日 七月大歌舞伎 昼の部

「元禄忠臣蔵」の小浜御殿を幕間で。 仁左衛門の綱豊卿は流石のセリフ術で、言葉が耳に心地よい。助右衛門にちょっと意地悪な言い方で何とか本音を聞き出そうとする駆け引きの妙。助右衛門は幸四郎で、何度も演じて手馴れているだけにセリフが型通りに感じるところも。 お清の莟玉が殿様のお気に入りらしい、初々しさ、健気さ。萬次郎の浦尾が憎たらしいお局を好演。 冒頭の女中たちの綱引きで、助っ人の千蔵がいい味出してた。

2026年6月28日日曜日

6月28日 劇団チョコレートケーキ「帰還不能点」

総合戦略研究所の元メンバーが終戦戦後5年後に再会し、あの戦争がなぜ起こったのかを振り返る。当時の内閣総理大臣や外相、陸海軍相に扮した劇中劇で転換点となったポイントを再現。当初は軍部は戦争を避けるべく合理的な判断をしていて、欲に目が眩んだ首相や外相が危ない橋を渡ろうとしていたこと。アメリカとの関係がのっぴきならないところに至ってからは、組織保全を優先する軍部が強硬になっていった。引き返すことができたポイントは、もっとずっと早い段階だったのではないか。 終戦後も、自分になにがてきたのかを問い続けた山崎、岡田に対し、あの時は無力化で何もきなかったと納得しようとするのを許さず、模擬内閣のやり直しをするラストに少し救われた。 自殺した近衛や、裁判中に獄死した松岡の妻にもスポットを当てたのはよかった。

2026年6月21日日曜日

6月21日 文楽若手会

「御所桜堀川夜討」 弁慶上使の段の中を薫・清允。 出だしからあまりに調子はずれ。花の井や信夫など女性の声は悪くない。 奥は靖・友之助。 筒いっぱいの語りを、気迫のこもった三味線が盛り上げ、相乗効果で聞き応えがあった。弁慶の述懐では拍手も起こった。 人形は簑悠の信夫、玉誉のおわさのやりとりが、いかにいも仲の良い母娘という風情。 和登の卿の君、玉延の花の井、玉翔の弁慶、勘介の侍従太郎。 「摂州合邦辻」 合邦庵室の中を聖・清方。 素直な語り、三味線。 前を咲寿・錦吾。 織太夫仕込みらしい、重々しさを出そうとしているのは感じられるが、咲寿の芸風には合わないのでは。三味線もフォローしきれない違和感があった。 後は小住・清公。 盆が回って世界観が変わった。清公の三味線は少し軽いか。 人形は玉彦の合邦、紋吉の女房、簑太郎の玉手、玉征の入平、勘昇の浅香姫、和馬の俊徳丸。 「義経千本桜」 道行初音旅を碩の静、亘の忠信、織栄、希がツレ、三味線は燕二郎、清方、藤之亮、寛太郎。 シンが碩と燕二郎という、若々しくフレッシュな道行。 人形は勘次郎の静、玉路の忠信。 玉路は冒頭の狐がややぎこちないが、早替わりも鮮やかに。勘次郎は登場時の舞は滑らかでよき。右手で扇を1回転させるところでもたついたり、遠くに投げすぎたりと扇の扱いには苦戦していた。

2026年6月14日日曜日

6月14日 文楽鑑賞教室 Dプロ

大人のための文楽入門だったため、団子売りはなし。 解説は小住、清公、玉彦。 弁慶上使の一節を使って、弁慶、若い女性、婆などを語り分け、客席から拍手も。清公は晴れた日、嵐などの情景描写は、客席はもうひとつピンと来ていなかったかも。玉彦は緊張のためか、説明が不足しがち。 「双蝶々曲輪日記」 中は小住・清馗。 濡髪の相撲取りらしさ、母の純朴さがよき。三味線は少し気が抜けたよう。 奥は芳穂・宗助。 今公演イチかも。語りと三味線が的確にはまっている感じがした。 人形は簑紫郎の濡髪、玉助の十次兵衛。