2026年7月19日日曜日

7月19日 Bunraku Summer Festival

チャップリンの「街の灯」を文楽化するにあたり、第3部だけ別立ての英語タイトルになった模様。 「寿柱立万歳」 付け足しのおまけのような一幕。睦、小住、聖、織部、文字栄に、団七、団吾、寛太郎、錦吾、清方。 睦は声が掠れ気味で辛そうだったが、小住はハリのある声でめでたい雰囲気を醸す。初舞台の織部はまずまずか。団七は調子があってないのか、不協和音に聞こえた。 人形は玉誉と玉翔。 玉誉は人形の位置が低く足が手すりの下になりがちなのが気になった。玉翔は軸がしっかりしていて、安定感がある。 「まちの灯」 友之助作曲の三味線が面白く、ところどころ映画音楽のメロディを取り入れたり、ギターのような奏法で通常ないような音を出したり。幕開きは御簾内の三味線?と胡弓が物悲しいメロディを奏でるなか静かに盆が回って希・清公が登場。三味線が映画のメロディを奏でたところで笑いが起こったのは、チャップリン協会の人らが多かったせいか。 全体的に、三味線は工夫を凝らして面白いのだが、語りが凡庸。特に切場は淡々と起伏のない語りで、三味線が1人で盛り上げているようだった。あと、最後にお花が与次郎の手を取って誰だか気づくところ、「この手、この指、この温もり」というところがクライマックスなので、同じ詞章が前に2回ほど出ているのはちょっとくどいと思った。あと、家賃を滞納して困ったお花が「こういう時に与次郎さんがいたら、、」とあからさまにいうのもちょっと違うのでは。 配役は序を希・清公、二段目・三段目を希、亘と清公、燕二郎、四段目を亘・燕二郎。五段目から大詰めを若・友之助。 二、三段目は掛け合いなのだが、希が与次郎とお花、亘が勘右衛門と藤八という分け方はいかに? 人形は与次郎を勘十郎。このために作ったという、眉毛が上下に動くだけでなく、下がり眉にもなるという首チャーリーに ペーソスがある。相撲の場で土俵から投げ飛ばされるところなど、勘十郎も這々の態といった感じで、笑いを誘った。

2026年7月18日土曜日

7月18日 TTR能プロジェクト「和魂Ⅻ」

ワキを観るのタイトルで、ワキ方の3流儀、下掛宝生流の宝生欣哉、福王流の福王知登、高安流の有松遼を招いての企画。普段あまり流儀の違いに注目することはなかったが、いろいろ特徴や違いがあって面白かった。 道成寺の語りを連続で実演すると、同じ詞章でも印象がずいぶん違う。型の違いで、「葵上」の「祈」のワキを福王と有松が同時に演じるという実験的な試みも。舞台上を移動する軌道も違うし、数珠をこするタイミングも違う。数珠を構える際、福王は手を上下に重ねるが、有松は左右で、時折払うような仕草を入れるのも特徴的。とても興味深かったが、演じる方は大変そう。 能「張良」 浦田保親のシテ、宝生欣哉のワキ。 ワキが活躍する曲で、後半、川に揉まれる様をのけぞりながら回転するなどアクロバティックな動きもあって面白い。 ツレの龍神に大槻裕一。事前講座で本人が言っていたように、張良が剣を抜くとあっさり降参してしま羽。

2026年7月17日金曜日

7月11日 英国ロイヤルバレエ団「ジゼル」

サラ・ラム、平野亮一ペア。 サラは一幕目は無邪気な村娘。アルブレヒトの誘いに恥じらう様子が可憐で愛らしい。平野のアルブレヒトは立派な体躯で、男らしくも貴族の傲慢さが滲む。バチルド一行に見つかったときは、知らぬふりを決め込むし。ジゼルが死んでからも、遺体に縋り付いたり、ヒラリオンに掴みかかったりするが従者に促されて意外とあっさり退場する。1幕の終わり、ジゼルと母だけが舞台に残るのは、喪失感が際立つ。 2幕はミルタのアネット・ブヴォリが細かなパドブレで滑るように登場し、一気に霊元の世界に引き込む。感情を露わにせず、冷酷というか、何を考えているのか分からない不気味さがある。サラは体重を感じさせない儚さで、無垢な魂。深い慈悲心でアルブレヒトを包み込むよう。平野アルブレヒトは何かを悟ったような自覚が感じられた。 ヒラリオンのヴァレンティノ・ズケッティは存外存在感が薄く、群舞もイマイチ揃ってない。音楽のテンポが速めなのも神秘性を損なった。

2026年7月12日日曜日

7月12日 英国ロイヤルバレエ団「ジゼル」

高田茜目当てでチケットを買ったので降板にがっかりしていたが、代役のフランチェスカ・ヘイワードがとても良かった。登場は、溌剌と、しかし素朴な村娘の風情で、ロイスのアプローチをかわすのも鬼ごっこを楽しむよう。狂乱の場面はいたいけ。ウィリーになってからは、少し大人びて、深い慈悲心でアルブレヒトを庇護するようだった。 アルブレヒトのセザール・コラレスは、支配階級ならではの傲岸さで、バチルドらに露見してからは知らぬふり。ジゼルの墓を訪れて死を悼むものの、ウィリーに襲われるとひたすら命乞い。踊りを命じられると、一部をジゼルが肩代わりしているように感じた。 ヒラリオンのアクリル瑠嘉は、粗野だけど、愛情深い男を好演。 ミルタのジュリア・ロスコーは前日のブヴォリに比べると俗っぽい。神経質そうな感じがした。

7月12日 スーパー歌舞伎「もののけ姫」

團子のアシタカがはまり役。こんなに純粋でまっすぐな青年を演じられる役者が他にいるだろうか。村が祟り神に襲われるのを助けるため、花道を駆け入る登場シーンで涙が出そうになった。「真っ直ぐな目で見極める」と言うセリフがしっくりくる。 時蔵のエボシ御前もピッタリ。セリフ少なく登場する場面から格好よくて、惚れ惚れ。着いて行きたくなるリーダー。 壱太郎のサンはちょっとイメージと合わないか。立ち回りなども頑張っていた(途中、スタントに入れ替わるところもあった)が、台詞回しも含め全体的にちょっと重い感じがした。 その他の配役も適材適所のはまり役ばかりで、モロの君の笑三郎も包容力があってよく、おトキの笑也と甲六の青虎との掛け合いも面白い。あと、猿弥のジコ坊がすごくジコ坊だった。

2026年7月10日金曜日

7月10回 素浄瑠璃の会

「妙心寺の段」を靖・燕二郎。 会場のせいか、音が遠くで鳴っているみたいで、響いてこない。三味線の音も出だしから軽い感じで、あれ?と思った。(アフタートークで鳴りがいいと言っていたので私だけ?)後半は手数も多く、掛け声も。 「道明寺の段」は呂勢・燕三。 引き出しから格調があり、厳かな雰囲気に引き込まれた。呂勢は覚寿に品格がある。菅丞相はもう少し重みが欲しいか。75分を全く飽きさせなかった。 アフタートークは反省会のようになってしまい、勉強会で何度か勤めた靖もできなかったところがいろいろあり、「ヤレ」というセリフは初菊が立ち上がって言うのにそうならなかったとか、初役の燕二郎は冷静でいなくてはいけないのに、手数が多くなる後半はテンパってしまったとか。呂勢は先人らの舞台に遠く及ばないと。経験したことを次に繋げたいとは、皆が言っていた。 なぜか嶋太夫の話題に。靖がメインで使っている鯉の見台は入門してすぐに嶋太夫からもらったそうで、「他の弟子はもらってない。師匠に愛されていた」と呂勢。燕三は20代の頃、千歳との勉強会で大曲ばかりやっていたら、「もっと身の丈に合ったものをやりなさい」と言われたとか、蝙蝠聚会で鳴門や柳、封印切の稽古をしてもらったとか。「お客さん稽古」(呂勢)で普段は言わないようなことまで丁寧に教えるので、弟子たちは隣の部屋で盗み聞きしてたそう。「世が世なら名人になっていたのに、最後は辞めさせられてしまって…」(燕三)と際どい発言まで。ただ、義太夫の技術は確かだったと言っていた。帰り際、葵太夫の姿を見た。

2026年7月5日日曜日

7月5日 新国立劇場バレエ団 ダブル・ビル

「String SAGA」 振付の宝満直也によると、SAGAは冒険譚のサーガと「性」を掛けているのだそう。 撚る、張る、絡まる、弾く・紡ぐ、縺れる、織るのパートがシームレスにつながり、それぞれ特徴的な動きがダンサーの高い身体性で表現される。舞台を覆う薄い紗のような布は光沢があり、シャボン玉の膜のようにも見える。中で踊るダンサーの身体がシルエットになって幻想的。特に、冒頭、一人で布と戯れる小野絢子が印象的だった。 「暗闇から解き放たれて」 舞台上に白く光る雲のような、あるいはUFOのような物体が浮かび、未来を感じさせる。グレーを基調とするモノトーンの衣装もSF感をかもす。 前日にチケットを取ったら、隣が草刈民代でびっくり。