2021年5月31日月曜日

5月30日 「スリル・ミー」配信

田代万里生・新納慎也ペアを視聴。「伝説の」かどうかはともかく、歌唱の安定感は抜群で安心して聞いていられた。解釈の違いも面白く、田代の「私」は冒頭の証言のところからすでに泣いていて罪を悔いているようにも、彼の不在を悲しんでいるようにも見える(ほかはどちらかというと諦めに感じた)。「彼」との関係では、すがるような様が愛おしく、「彼」のためなら何でもやってしまうような危うさを感じさせる。「彼」の新納は父親に愛されていない苛立ちから強がっているようで、冷たく支配的な言動の裏に脆さがある。キスシーンのエロさも他と違っていて、はじめ軽くキスしてから唇を開くよう促す仕草や、拘置所では耳の後ろをなめ上げてからの深い口づけと、容赦ない。ラスト、私の裏切りを知ったところでは、支配していたつもりで囚われていたことへの諦めと、負けを認めて安堵とがないまぜになった感じ。ほかのペアだと裏切られたと知って彼の心は私から離れてしまうと思ったが、この2人はこのまま離れられずに別世界へ行ってしまいそう。「究極の愛」とはこのことか。新納「彼」が一番「私」への愛着を感じさせたし、田代「私」の「彼」のためには何でもやってしまう危うい愛も感じた。

素晴らしいペアではあるが、少し物足りなかったのは、歌が普通にうまいので、成河・福士のような歌声のコントラストによる面白さに欠けるところと、福士「彼」の冷酷な魅力。

2021年5月30日日曜日

5月29日 「スリル・ミー」配信

 全ペアオンライン配信してくれるというので、見比べる楽しみが。以前だったら、松岡広大・山崎大輝ペアはパスしていたと思うのだが、最近若い役者に嵌ることがあったので試してみたら…やっぱりあかんかった。

事前に見た評によると、松岡・山崎ペアは「若さゆえの暴走」なのだとか。実年齢に近い分、リアリティがあるのかもしれないが、若いとは経験値がないということで、芝居の深みに欠ける。松岡の歌唱が安定しないのもマイナス。54歳の芝居は、不自然にゆっくり喋る様がおじいちゃん?のよう。あまりスリルを感じられず、物足りなく感じた。

一方の成河・福士誠治ペアは見て唸った。福士はともかく、成河って正直苦手な役者なのでどうかと思っていたのだが、何より歌唱が安定しているのが頼もしいし、演技がしっかりしている。19歳と53歳の切り替えも見事だし、若いころの「彼」に依存している不安定さに狂気がにじむ。福士の「彼」は冷酷でぞくぞくする色気。歌唱は高音部が少し不安定なものの、低い声に魅力があり、成河とのハーモニーもバランスがいい。ミュージカルだし、歌がちゃんとしているというのは必須条件。歌の多い作品なので特に。

ピアノは荒々しい篠塚祐伴(松岡・山崎)に対し、落合崇史(成河・福士)はシャープな印象。続けて聞いたせいか、ピアノの違いもくっきりして、興味深かった。


5月29日 国立能楽堂 5月特別公演

 「半蔀」

シテは宝生流大坪喜美雄、ワキ殿田謙吉、アイ大蔵弥太郎。

立花の小書きにより、前場で後見によって生け花が運ばれる。池坊流だそうだが、松などの生木や流木のような枯れた枝、色とりどりの生花を寄せた不思議な造形。頂上のあたりに夕顔らしい小花。舟のような台かと思いきや、案外花瓶が小さく、運ぶときにグラグラしていた。

後場の夕顔の作り物は舞台上下手よりに。以前観たものは橋掛かりだったので、流儀によって違うのか。

そういえば、地謡のマスクがなくなっていたような。


「蚊相撲」

大蔵吉次郎の大名、基誠の太郎冠者、善竹大二郎の蚊の精。

大蔵流らしいおおらかさで、チャーミングな大名、しっかり者の太郎冠者。そこここで笑いがおきた。一部笑いすぎの人もいて鼻白んだけど。勝負に負けた蚊の精は、断末魔の一声からよろよろと退場。


「鷺」

野村四郎改め幻雪のシテ。扇を持つ手が終始震えていたのが気にかかる。アイの大倉弥右衛門は冒頭、声がかすれ気味だし、笛の一噌庸二ははじめ音が出ないしで、高齢の演者たちにハラハラする一幕だった。

ツレの観世銕之丞の声の立派さ。ワキは福王和幸。橋掛かりで結構なアクションがあったのに、柱の陰で見えなず残念しきり。

2021年5月23日日曜日

5月22日 セルリアンタワー能楽堂 開場二十周年記念 定期能五月ー宝生流ー

 「文立山」

山本東次郎のシテ、山本則俊のアド。

東次郎の大らかな風情がほのぼのとした後味。


「船弁慶」

後之出留之伝の小書き。

宝生和英のシテ、子方は出雲路啓、ワキは森常好とワキツレ2人、アイは山本凛太郎。

宝生和英の舞台は不思議だ。静として登場した橋掛かりで見たときと、舞台で舞うときの面が別のもののように表情が違って見えた。角度によって表情が違うとはよく言われることだが、これほどはっきり感じたのは初めて。息遣いまで感じられるほどで、役の心情がくっきりと感じられた。謡がはっきり聞き取れるのもありがたい。

義経役の子方が舟に乗り込んだところで戻してしまうハプニング。慌てて地謡が駆け付けて始末しながら「舞台を降りるか」とでも聞いたのだろう。小さな手で口元を押さえて、首を振る様子が健気だった。そのあと最後まで舞台を勤め上げたのは立派。結構セリフもあったし。

脇席だったので、静の舞のあいだ弁慶がなぜか苦虫をかみつぶしたような表情をしているのが気になって集中をそがれた。

2021年5月22日土曜日

5月21日 国立能楽堂 定例公演

 「蝸牛」

茂山逸平の山伏、網谷正美の主、丸石やすしの太郎冠者。この組み合わせは珍しいのでは。

逸平の間、丸石のとぼけた感じが面白く、久々に声を出して笑った。一部、話を先取りして笑う人がいて白けかけたけど、茂山家の狂言は素直に楽しい。


「西行桜」

梅若実のシテ、ワキは福王茂十郎、ワキツレに和幸ほか、アイは茂山七五三と、充実した配役だったのだが。実が造り物の中に入って舞台に上がるというのは今や恒例で驚かないが、舞台に配置されてから中でゴソゴソやっている様子が幕越しに見えるほど。幕を下ろすと、白い鬘に直面(髭をあしらっていたか)姿。花をあしらった杖を右手に、座ったまま体を左右に向けるのも覚束ない様子。謡にももはや声の力強さはない。「素囃子」の小書きがあり、舞は省略。杖を手に造り物の前に出ると、左手にも杖をもち、2本でようやく体を支えてゆっくりと一回転する程度。杖で床を突く音が足拍子の代わりか。後半はお囃子が奏でられるなか、橋掛かりへ。三の松の前あたりで一言発して、退場するのだが、足が滑って進まず、後見が3人がかりで支えてようよう引っ込んだ。最期はワキが脇正まで出て揚幕のほうを見やり、桜を惜しむ風情。この日のための演出か。当初90分の予定が70分ほどで終わった。いろんな意味で手に汗握る舞台に、いろいろ考えさせられた。

2021年5月17日月曜日

5月16日 文楽公演 第三部

 「摂州合邦辻」

中を睦・勝平。声はよく出ていたのだけど、何か制御されていない感じで聞き苦しい。講中ががやがやするのをチャリっぽくしようとしたのかもしれないが。

前は錣・宗助。なぜか心地よく眠くなってしまい…。「惚れてもらふ…気」がかわいかった。

後は呂・清介。合邦の「これが坊主のあらうことかい」で一度びっくりするような大声だったけど、ほかは節約モード? 玉手に鳩尾を切り裂いて…と頼まれたのを入平に振るところなど、コントみたいで、客席の笑いを呼んでいた。ここはうろたえたあまり突飛なことを言ってしまうのではないのか。

人形は和生の玉手は錯乱しすぎないのがよい。「蹴殺すぞ」では蹴らず、その後の取っ組合いで脚が出ていたのは工夫か。だいたいあそこで笑いが起こるからねえ。合邦の玉也、合邦女房の勘寿は適役。勘寿はもう婆と同体に見えた。紋臣の浅香姫が可憐、俊徳丸の簑紫郎もよかった。総じて人形はよかった。


「契情倭荘子」

蝶の道行き。織の助国、芳穂の小巻、南都、亘、碩のツレ。三味線は藤蔵、清馗、寛太郎、清公、清允。

パステルカラーの舞台に華やかな音色。織は気持ちよさそうに歌っている。

人形は玉助の助国、一輔の小巻。玉助の右手の二の腕がなくなっていたのが気になって気になって…。景事は所作が目立つから。一輔と並ぶと特に。

2021年5月16日日曜日

5月15日 五月大歌舞伎 第三部

 「八陣守護城」

吉右衛門が病気休演のため、佐藤正清は歌六。…だったのだが、拵えのせいか歌六に見えず戸惑った。雛衣の雀右衛門は琴の演奏がたどたどしい。途中から、下座が加わっていたよう。種之助の轟軍次、吉之丞の鞠川玄蕃。20分あまりの短い演目なのに、意識が飛んでしまった…。


「春興鏡獅子」

菊之助の弥生が充実。﨟󠄀たけた美しさ、麗しさに、確かな芸。踊りの名手はほかにもいるけれど、見た目が伴うとより目に楽しいのは否めない。自らの意志で手足を動かしているというより、内からの衝動に突き動かされるような舞いに引き付けられた。胡蝶の精に亀三郎と丑之助。懸命に舞うのがかわいらしい。亀三郎のほうが少しお兄さんなのか、足腰がしっかりしているように見えた。

2021年5月13日木曜日

5月12日 渋谷・コクーン歌舞伎「夏祭浪花鑑」

 緊急事態宣言で中止になっていた公演が再開された初日のチケットが運良く取れて参戦。(昼の部もあったようだが、夜の部)コロナ禍の鬱々とした気分を晴らすにはもってこい。正直、前半は失敗したか…と思っていたのだけれど、最後の屋根の場でスカッとした。

客入れの時から舞台の幕は開いていて、役者たちが行ったり来たり。市松役の長三郎が走り回っていたり、町人たちが小芝居をしたりと楽しませる。開演時間が近づくと、神主を中心に役者が囲み、成功祈願のお祓い。勘九郎と松也は拵えの途中といった体で、現実と芝居の世界が重なったような演出。

前半は笹野高史を狂言回しに、登場人物や状況を説明するのだが、時間短縮のためかちょっとせわしない。勘九郎の団七は、父・勘三郎の団七を彷彿とさせる。…というか、真似しているように見えたし聞こえた。ただ、江戸の団七だなというのが残念な点。どうしても、スッキリ格好良くなってしまうのだ。大阪弁が特に不自然というわけではなかったと思うのだが(イントネーションが?と思うところはいくつかあったけど)、なんかこそばゆい。勘三郎のは愛嬌でカバーされていたものが、勘九郎の真面目な性質があだになった気がした。

泥場は本水を使っていたけれど、舞台転換にあまり時間を取らない工夫か泥の量は少なめだったよう。前半は蝋燭をかざして照明にしていたが、殺しのクライマックスでは黒衣が手持ちのスポットライトで下からあおったり、影を印象付けたり。照明で情景を描く現代劇の手法だけれど、従来の歌舞伎の型がしっかりしているので、少々くどくも感じた。

2幕の九郎兵衛内の段からは、あまり歌舞伎ではかからない場面なので目新しさがあったのと、団七と徳兵衛の友情が、大立ち回りの中で描かれ、息をつかせぬ展開。逃げ場がなくなり、ストロボライトに照らされた2人が走る姿がストップモーションのように見えた。終演後はカーテンコール1回では飽き足らない観客の拍手が続き、すでに化粧を落とした勘九郎がガウン姿であいさつ。久しぶりの生の舞台を堪能した。

松也は徳兵衛とお辰の2役。徳兵衛は前にも江戸風のを見ていたので想定の範囲内。お辰はすっきりと粋で格好良かった。

七之助のお梶は二幕の九郎兵衛内の場からが見せ場。情のあるいいおかみさんだった。長三郎は元気いっぱい。楽しそうなのがいい。

2021年5月9日日曜日

5月8日 新国立劇場バレエ団「コッペリア」

 配信のラストを飾った小野絢子・渡邊峻郁ペア。小野の実力を再認識した。圧巻だったのはポワントワークの美しさ。配信だから細かな動きまでよく見えたというのもあるのだろうけど、一つ一つのポーズがお手本のようにキレイだった。演技もよく、少女の愛らしさとちょっとコミカルなところがスワニルダに合っていた。正直、最近の舞台ではあまり演技は…と思っていたので、見直した。コッペリウスの山本隆之との踊りも素晴らしく、今回の4組では一番。渡邊は初役だということもあってか、ちょっと硬かったか。

2021年5月5日水曜日

5月2日、4日、5日 新国立劇場バレエ団「コッペリア」

 緊急事態宣言で無観客開催になった公演を、4組のキャストで無料配信するという太っ腹。

まずは2日の米沢唯・井澤駿、4日の木村優里・福岡雄大、5日の池田理沙子・奥村康祐祐を視聴。それぞれキャラクターの個性が異なって、同じ演目なのに違って見える面白さ。米沢のスワニルダは理知的。端正な踊りでちょっとお姉さんぽい。木村は少女らしいコケティッシュさがありコッペリウスを手玉に取る感じ。池田は少し硬かったようだが、素直でかわいらしい。フランツはちょっと気取った井澤、ハンサムな福岡、陽気な奥村。福岡が普段のノーブルな様子と違って、少し柔らかい雰囲気がよかった。コッペリウスは2日、5日の中島駿野も悪くなかったが、何といっても、4日の山本隆之が素晴らしい。人形とのダンスの流れるような軽やかさ、同じK☆バレエスタジオ出身の福岡と対峙する場面は、なんとも贅沢。生で見られなかったのが本当に惜しい。

5月3日、4日 エリザベート TAKARAZUKA25周年 スペシャルガラコンサート  アニバーサリースペシャルver

 望海風斗のトートが聴きたくて、3日を視聴したのだが、通信環境がわるくて後半が満足に聞けなかったので4日にリベンジ。

望海のトートは、間違いのない歌唱力。役の表現も緻密で、こういうトートが観たかったし、聞きたかった。歌声が会場に広がって場を制圧する感じが黄泉の帝王を体現した。惜しむらくは、対するエリザベートの歌唱力が追い付いていなかったことと、金管が大事なところで調子はずれだったオケ。残念。

エリザベートはact1が夢咲ねね、2が明日海りお。夢咲は少女時代は悪くないと思ったが、大人になってからも子供っぽさが残るというか、皇后らしさにかける感じ。歌唱も高音域が不安定で、1幕終盤のソロの最後の「私に~」はえいやっと発生している風でハラハラ。明日海は女性にはなっていたけれど、エリザベートの苦悩を裏付ける弱さや繊細さのようなものがなく、死に救いを求めなくてもやっていけそう。歌もずっと裏声だったせいか、感情の起伏が感じられなかった。

ルキーニの宇月颯はキャラクター造形がくっきり。フランツの鳳真由は誠実な人柄はいいが、歌唱に難あり。ルドルフは3日の澄輝さやとのほうが4日の七海ひろきより好み。やはり本役での経験があるほうが役作りがしっかりしてるし、澄輝の少し繊細そうなところがルドルフらしいと思った。

2021年5月2日日曜日

5月1日 エリザベート TAKARAZUKA25周年 スペシャルガラコンサート ’16宙組ver

 緊急事態宣言をうけて急遽無観客開催となった公演をオンライン配信で視聴。

'16ということはもう5年前か。朝夏まなとのトートに実咲凛音のエリザベート、蒼羽りくのルドルフ、純矢ちとせのゾフィーという当時のキャストに、望海風斗のルキーニ、北翔海莉のフランツを迎えて、歌唱力がアップ。全体的にもパワーアップした感があり楽しめた。

朝夏トートは退団して声のキーが高くなったのと、歌いだしの音程が安定しないのが難点ながら、感情表現は増したようで、物語にぐっと引き込まれた。ミルクから民衆を扇動するところではぞくっとしたし、フランツとの最終弁論も丁々発止が楽しめた。これは北翔フランツの功績も大きい。

実咲エリザベートは高音域が安定していて安心して聞けるのと、懸命に自由を希求する人物造形に好感が持て、私のなかでは一番のエリザベート。

望海のルキーニは少し気だるい様子。持前の歌唱力で、狂言回しとして作品を引っ張る。北翔のフランツは、結婚し、子どもを持ったことで役への理解が深まったと自身も言っていたが、役の深みが増した。皇帝の謁見の場から、揺れ動く心情表現が見事だった。