2019年1月26日土曜日

1月25日 初春文楽公演第1部

「二人禿」はパスして、「伽羅先代萩」から再見。 「竹の間」の織太夫は相変わらず。八汐の嫌みっぷりがいい。團七の三味線はミスタッチが増えていたような。 「御殿の段」の千歳は7日に聞いた時より断然よくなっていた。政岡の情、2人の子供の語り分けも丁寧で、いたいけな感じが出ていた。 「政岡忠義の段」は咲太夫が復活。見た感じは元気そうだけど、声を出すのが辛そう。千松の遺体に縋り付いて嘆くところでさえ、声量が十分ではなく、物足りない感じだった。力の入りすぎで疲れる織とどっちがいいか、悩ましいところ。織の紋が入った朱色の見台を使っていたところを見ると、この見台は咲のものなのだろうか。 「壺阪観音霊験記」は沢一内の靖・錦糸。靖は病み上がりのせいか、精彩を欠いた印象。山の段の呂勢・清治は充実の床なのだろうけど、やっぱり泣けない。節は美しいし、曲はいいのだろうけど。清治の三味線が鋭すぎるのかしら。

0124 音楽劇「マニアック」

くだらなさに徹した、バカ騒ぎの舞台。いや、批判でなくて、これを狙っているのだろうし。ミュージカルでなく音楽劇というのは、こういうことかと。登場人物の心情を歌ったり、踊ったりするのだけれど、音楽が歌謡曲っぽいせいかミュージカルとはちょっと違う。タブーに挑戦というよりは、小学生の悪ふざけの延長というか・成海璃子に卑猥なセリフを言わせたり、ラストは金色の巨大な男根に跨らせて祭りのようにはやし立てたりとか、しょうもない。成海がピンクのフリフリの衣装で、スクールメイツのようなダンサーを従えてアイドル歌手のように歌ったり、シンナーを吸う不良が出てきたりと、昭和感がただよう。今の若い子ってこういうのどうなのだろう。関ジャニの安田章大は意外と小柄で、ヒールを履いていたとはいえ成海より10センチ近く小さかった。看護師長役の堀内敬子がミュージカル女優らしい正統派の歌と踊り。いろんなジャンルの人がそのまま存在することで面白がらせる。古田新太はこういうのがやりたいのだろうな。院長に操られる元ヤンの精神病院患者が「まんぷく」の赤津だった。

0123 文楽SHOW

桂佐ん吉のナビゲートで約1時間で文楽のさわりを紹介する企画の第2弾。英、中、韓の字幕がつき、客席の半分以上は外国人のようだが、入りは半分程度か。 一輔がお七の人形をつかって客席から登場。舞台に上がるといったん袖に引っ込んで、床の演奏にあわせて武士の人形でちょっとしたパフォーマンス。そのあと、太夫、三味線、人形の紹介に。靖太夫の代役だった睦太夫は、しゃべりは硬いのだが、寺子屋の涎くりと菅秀才の語り分けはさすが先輩だけあって、落ち着いて聞ける。清丈の三味線は、走ってくる音の引き分けと、短い音で「なんでやねん!」の感情の変化を現す。佐ん吉も慣れた様子だが、初めて感のあった去年のほうが面白かったかも。人形は女形の人形でいつもの解説。笑うところで「おほほほほ。って私の声が気持ち悪いんですが」という一連のセリフが、玉翔とまったく一緒(順番的には一輔が先なんだろうけど)で笑った。 ミニ公演は「火の見櫓の段」。若手でしか聞いたことがなかったので睦の上手さを再発見(失礼)。公演中は撮影OKというのは、普及活動としてはありかもしれないが、シャッター音が邪魔に感じた。

2019年1月22日火曜日

1月22日 宝塚星組「霧深きエルベのほとり」

1963年初演の菊田一夫の作品を上田久美子が潤色・演出。トップスター紅ゆずるのソロから、幕が上がると大階段を使ったキャスト総出の華やかなオープニング。「え?これは何の場面??」と一瞬戸惑ったが、祝祭的な気分を盛り上げる。身分違いの恋と別れという、使い古されたような物語だが、カールからマルギットへの告白のセリフなど、キュンとさせるポイントを抑えている。ダレて睡魔に襲われかけると群舞で目が覚めるという感じで、テンポのよい展開で飽きさせないのは上田の手腕か。 主人公の船乗り、カール・シュナイダーは粗野だが根はやさしいというキャラが紅に合っている。ヒロイン、マルギットは世間知らずのお嬢様という風情で、これも綺咲愛里に似合う。終始裏声のような発声は役作りなのかもしれないが、ちょっとどうかと思う。マルギットの婚約者フロリアンは、物分かりのいい紳士という現実離れした人物ながら、礼真琴がリアリティをもって好演。手切れ金をせしめて立ち去ろうとするとき、カールがマルギットを札束ではたくシーンはああこれかと。ただ、マルギットのためにあえて非道な男を演じたことを、あっさりバラしちゃうラストはどうかなあ。マルギットがカールをあきらめてフロリアンと結婚したあととか、何年もたってからというならともかく、こんなに早く知られてしまってはマルギットはまた思いを再燃させてしまうのでは? レビュー「ESTRELLAS~星たち~」にはがっかり。Jポップや洋楽のヒットソングをふんだんにつかう展開に、藤井大介が演出か?と思ったら、中村暁だった。曲の最後にキャストが銀橋に並んで合唱→暗転というパターンが多用されていて、苦笑するばかり。礼の歌とダンスのうまさだけが救いだった。

2019年1月20日日曜日

0119 ミュージカル「スリル・ミー」

同性愛関係にある「私」(松下洸平)と「彼」(柿澤勇人)。ニーチェに心酔し、超人と自任する「彼」はスリルを求めて犯罪を繰り返し、彼への思慕から共犯者となっていく「私」。男優2人とピアノだけ(+ナレーション)というミニマムな構成で描かれる濃密な世界観。激しいピアノ演奏や効果音で緊張感が高まる。はじめは「彼」に追従するような気弱な様子だった「私」は、終盤、彼を自分のものにするために殺人を犯し、犯行現場に証拠となる眼鏡を落として捕まるように仕向けたと告白する。支配する者とされる者の逆転がスリリング。松下の繊細な演技に引き込まれた。緊迫感のある音楽は物語にあっているのだが、日本語の歌詞が野暮ったいような。原語で聞いてみたいと思った。

0118 メイシアタープロデュース公演「少年王國記」

離島に不時着した少年たち。救助を待ってサバイバル生活を送るうち、理性的なリーダーが否定され、暴力や富(食料)により流される危うさ。現代社会にも通じる人間模様だ。白塗りに濃淡のグレーの衣装というモノクロームの世界はスタイリッシュだが、名前で呼ばれる少年の識別がしにくく混乱した面も。リーダーのアキラ(赤星マサノリ)とアキラと対立する狩猟部隊の隊長(村尾オサム)がともに14歳で、ほかの少年は皆年下という関係なのだが、事前にパンフレットを読んで頭に入れておいたら分かりやすかったのかも。ストップモーションのような動きは「高野聖」でも用いられた演出。狙いは面白いのだが、役者の動きがまだ洗練されていないので、その効果が十分に表現しきれていないように感じた。ダンサーなど身体表現に秀でた人が演じたら違うのかも。暴力に流されて過激化していく少年達と、追われるオサムの攻防は緊張感があって引き込まれた。 気が弱くフェミニンなぷーちゃんの岸本昌也は、エイチエムピーの公演で女形をすることが多いようだが、そういうキャラなのだろうか。

2019年1月18日金曜日

0117 ミュージカル「オン・ユア・フィート!」

グロリア・エステファン&マイアミ・サウンド・マシーンの楽曲でグロリアの半生をつづる。「マンマミーア」や「ジャージーボーイズ」のような路線を狙ったのだろうが、それらに比べて楽曲が知られていないうえに、これといった困難がなく、グロリアの母の反対が最大の障害といった程度で、物語の起伏が乏しい。「コンガ」が世界的にヒットするところで1幕が終わってしまったので、この先どうなるの?(何か描くべき物語があるの?と思ったほど。グロリアが重大な事故にあって復帰したというのは知らなかったが、物語の山場としては弱い。1幕、2幕とも最後の曲で客席総立ちのライブ風になったが、アメリカだともっと盛り上がるのかも。 グロリア役の朝夏まなとの長身は、他のキャストとのバランスが悪い。夫、エミリオ役の渡辺大輔は朝夏より背が高かったので何とかなったが、相手役には苦労しそうだ。セリフが外国映画の吹き替えみたいだったのは演出なのか。ラテンの歌唱や踊りがどこかあか抜けないのは、全キャストに共通してた。渡辺はラテン男ぶりが軽薄そう。歌は安定していた。存在感が光ったのは母親役の一路真輝。娘と対立する強情さの背景に、自身が若いころ歌の道に進めなかった後悔があることがきちんと見えて、ただの嫌な母親になっていなかった。歌唱も説得力があった。グロリアの妹、レベッカ役の青野紗穂はパワフルな歌声。プロフィールを見たら「RENT」のミミ役をやったとあって納得。