腕は立つが貧乏で、家族を養う金を得るために人を斬る。物語としての深みはあるけど、キラキラしたところの一切ない主人公って宝塚的にどうなの?楽曲は全体的に昭和っぽい古さ。場面転換の音とか。
望海風斗は誠実感があり、和装での立ち居振る舞いや立ち回りも綺麗。「おもさげながんす」のセリフが耳に残る。戦場で銃弾に倒れる場面では涙を流す人が沢山いた(演出の石田昌也もだ!)ようだが、私は泣けなかった。なぜ、無謀な戦いに赴いたのか。それでいながら、死の直前に京にいる故郷の幼馴染を訪ねたのはなぜか。過程をもっと丁寧に描いてほしかった。
妻が口減らしのためにお腹の子共々川に身を投げるとか、おしんか。
鹿鳴館の準備をする人たちが回想するという構成もどうか。ダンスの外国人講師役(舞咲りん)が鼻に付く演技。
ショーの「ミュージックレボリューション」は、芝居が地味だった分期待したが、うーん。
オープニングのロック調?黒とシルバーの衣装とか、ゴスペル風?のダボっとした白いチュニックとか、どれも垢抜けない。OSKを連想した。全体的にテンポが早く、踊りの密度は高いが、いっぱいいっぱいで、雑になっているところもあった。
2019年6月15日土曜日
0606 Kバレエカンパニー「シンデレラ」
絵本の世界そのままという表現に納得。ダリの絵のように歪んだフレームの中で、カリカチュアされた姉や継母たち。中村祥子のシンデレラは華奢で虐められるのが可愛そう。引き倒されて投げ出された脚の美しいこと。
妖精たちはバラはともかく、ろうそくや蜂、ティーカップは分かりにくい。多額の費用をかけたという馬車はなるほど豪華でスムースに動くが、舞台の上を2周半くらい引き廻すのはやり過ぎでは。お城に着いたシンデレラが金色に輝くマントを引きずって門へ向かう1幕ラストが絵的だ。
2幕で登場した王子、宮尾俊太郎はなんだかもっさりして見えた。首が詰まったようだったせいか、ドラマやバラエティでのヘタレキャラのイメージがついてしまったのか、王子オーラが足りない気がした。
12時の鐘がなるところでは、コールドに囲まれたシンデレラが一瞬でみすぼらしい格好に変わる早替りもあり、しかけも随所に工夫している。
踊りのレベルは高く、主役のパドドゥの振りは洒落ていたし、コールドもよく揃っていた。がイマイチ感動できないのは、お伽話に浸れなかったからかも。
ラストで再び王子とシンデレラを乗せた馬車が到着し、2人が手を取り合って城へ向かう。
妖精たちはバラはともかく、ろうそくや蜂、ティーカップは分かりにくい。多額の費用をかけたという馬車はなるほど豪華でスムースに動くが、舞台の上を2周半くらい引き廻すのはやり過ぎでは。お城に着いたシンデレラが金色に輝くマントを引きずって門へ向かう1幕ラストが絵的だ。
2幕で登場した王子、宮尾俊太郎はなんだかもっさりして見えた。首が詰まったようだったせいか、ドラマやバラエティでのヘタレキャラのイメージがついてしまったのか、王子オーラが足りない気がした。
12時の鐘がなるところでは、コールドに囲まれたシンデレラが一瞬でみすぼらしい格好に変わる早替りもあり、しかけも随所に工夫している。
踊りのレベルは高く、主役のパドドゥの振りは洒落ていたし、コールドもよく揃っていた。がイマイチ感動できないのは、お伽話に浸れなかったからかも。
ラストで再び王子とシンデレラを乗せた馬車が到着し、2人が手を取り合って城へ向かう。
2019年6月5日水曜日
0605 玉造小劇場配給芝居vol.25「大阪芝居 タクシー編」
タクシー会社で働く人々にまつわるオムニバス。ストリートミュージシャンになりたい男(小池裕之)とその恋人(松井千尋)を乗せた運転手(うえだひろし)、親の反対を押し切って小説家志望の男と結婚した娘に孫が生まれたと聞くも素直に喜べない男(や乃えいじ)が、ひ孫の誕生祝に駆け付ける老夫婦(わかぎえふ、上田泰三)を乗せる、結婚式の媒酌人をまかされ緊張する夫婦にもっと気楽にとレクチャーする男日系メキシコ人の男女の祖母の生まれた土地探しにつきあう、今日定年を迎える男、タクシー会社の若社長は女子社員にプロポーズしようとするが…。尾崎豊や長渕剛、浜田省吾風の歌や、甲斐バンドの「HERO」など、70~80年代の歌謡曲もいい選曲で、全体としてまとまりがよく面白い。
6月4日 新作歌舞伎「NARUTO」
南座バージョンのNARUTOとのことだが、大筋は変わらず、というか、前作をよく覚えていないので違いがよく分からなかった。
巳之助のうずまきナルト、隼人のうちはサスケはそれぞれよりキャラが板についた風。嘉島典俊のカカシもよりアニメキャラっぽい。
細かなところは覚えていなかったものの、2回目の観劇であまりワクワクしなかったのは、ジャンプらしいキャラ設定、ギャグ、ストーリー展開の単調さ(既視感)とともに、セットが2次元に頼りすぎていたせいではないか。ワンピース歌舞伎と比べるのは酷かもしれないが、スクリーンに描いた絵やプロジェクションマッピングが多く、三次元の作りこんだセットがあまりなかった。あとやはり、物語を詰め込みすぎかも。原作やアニメのファンなら、知っている話だろうが、原作をよく知らないとちょっと慌ただしく感じた。梅玉のうちはマダラは大物感があり、立ち回りも多くて見ごたえあり。
南座ではこれまで見たことないくらい、外国人客が多く、会話を耳にしたところフランス語圏みたい。楽しんでいたようで、休憩のたびに興奮した様子で話していたし、グッズも買い込んでいた様子。最後の本水では歓声が上がり、前のめりで観ていた。
巳之助のうずまきナルト、隼人のうちはサスケはそれぞれよりキャラが板についた風。嘉島典俊のカカシもよりアニメキャラっぽい。
細かなところは覚えていなかったものの、2回目の観劇であまりワクワクしなかったのは、ジャンプらしいキャラ設定、ギャグ、ストーリー展開の単調さ(既視感)とともに、セットが2次元に頼りすぎていたせいではないか。ワンピース歌舞伎と比べるのは酷かもしれないが、スクリーンに描いた絵やプロジェクションマッピングが多く、三次元の作りこんだセットがあまりなかった。あとやはり、物語を詰め込みすぎかも。原作やアニメのファンなら、知っている話だろうが、原作をよく知らないとちょっと慌ただしく感じた。梅玉のうちはマダラは大物感があり、立ち回りも多くて見ごたえあり。
南座ではこれまで見たことないくらい、外国人客が多く、会話を耳にしたところフランス語圏みたい。楽しんでいたようで、休憩のたびに興奮した様子で話していたし、グッズも買い込んでいた様子。最後の本水では歓声が上がり、前のめりで観ていた。
2019年6月3日月曜日
0602 ピッコロ劇団「銭げば!」
空晴の岡部尚子脚本・演出。岡部らしい笑いのテイストがちりばめられ、いつものピッコロと違うおかしみ。
ミュージカル風の歌と踊りからスタート。全般に歌も踊りもクオリティが高いが、主役のアルパゴン役の孫高広の踊りがぎこちなく(多分役作りではななさそう)いい味出してる。
野外劇場のように柱と階段に囲まれた円形の舞台、出番でない役者は衣装を脱いで怪談から舞台を見下ろす。アルパゴン、エリーズ(木之下由香)、マリア―ヌ(金田萌果)のほかは、2~3人が1役で、それぞれの役者が複数の役を演じる。衣装を着けることで役柄を表現するのだが、思っていた以上に混乱なくすんなり受け入れられる。
子供たちの結婚を許し、虎の子の金貨を取り戻しての大団円だが、岡部演出のアルパゴンは嬉しさより戸惑っているように見えた。
野外劇場のように柱と階段に囲まれた円形の舞台、出番でない役者は衣装を脱いで怪談から舞台を見下ろす。アルパゴン、エリーズ(木之下由香)、マリア―ヌ(金田萌果)のほかは、2~3人が1役で、それぞれの役者が複数の役を演じる。衣装を着けることで役柄を表現するのだが、思っていた以上に混乱なくすんなり受け入れられる。
子供たちの結婚を許し、虎の子の金貨を取り戻しての大団円だが、岡部演出のアルパゴンは嬉しさより戸惑っているように見えた。
0601 京都薪能
「平安」
43年ぶりの上演。「大典」よりも詞章が柔らかく、舞台である平安神宮で作品世界と現実が一体化して見える。「別きて新しき今の世に」を「令和の世に」と変えて、令和初を寿ぐ。シテに井上裕久、ツレの天女を4人に増やし、舞台上と橋掛かりに配置して花を添える。うち2人は女性らしく、小柄で女童のようにも見えた。
「草紙洗小町」
田茂井廣道のシテに有松遼一のワキ。ツレ5人に子方の帝と舞台上に大勢が並び、賑やか。が、ワキの大伴黒主が改竄した書物でシテの小町を陥れようとする話って…。祝言色のある演目というのが不思議。
「福部の神」
踊り念仏の場面が入る「勤入」の小書き付き。鉢叩きに茂山千五郎以下8人が並び、賑やか。シテの紅梅殿は終盤に登場。
「石橋」
金剛流は激しく動くというのだが、紅白に桃色の牡丹の作り物の陰で見えないことが多く、ちょっと期待外れ。シテは今井清隆。
2019年5月27日月曜日
0527 オフィスコットーネプロデュース「埒もなく汚れなく」
瀬戸山美咲作・演出で大竹野正典の半生を描く。妻の小寿枝が一人で登山している場面から始まるのは、「山の声」の冒頭を思わせる。高校時代の映画製作から始まり、横浜の専門学校、卒業後は関西に戻り、結婚。バイトをしながら劇作に打ち込む姿と、海難事故で亡くなった日の模様が織り交ざり、テンポよく芝居が進む。劇作に行き詰り、山登りに打ち込む日々、ブランクの後、登山家をモデルにした「山の声」を書き、絶賛された直後の死。壮絶な人生が2時間余りで描かれるのは濃密な時間。
自信がないのか、評価されることへの不安か、戯曲賞で入選しても専業の劇作家になることを拒み、技師として働き続けることにこだわる。大竹野の作品を世に知らしめようと、戯曲賞に応募したり、専業のプロになることを望む小寿枝へとの諍いの様子が壮絶で辛い。業の深い人だなあというか。演劇をするということは、客を入れて公演するということは、他人に認めて盛りたいからではないの?作家というものは多かれ少なかれ、身勝手なものなのだろうけれど、妻という理解者への甘えなのかもしれないけれど、私はとても付き合いたくないと思ってしまった。
自信がないのか、評価されることへの不安か、戯曲賞で入選しても専業の劇作家になることを拒み、技師として働き続けることにこだわる。大竹野の作品を世に知らしめようと、戯曲賞に応募したり、専業のプロになることを望む小寿枝へとの諍いの様子が壮絶で辛い。業の深い人だなあというか。演劇をするということは、客を入れて公演するということは、他人に認めて盛りたいからではないの?作家というものは多かれ少なかれ、身勝手なものなのだろうけれど、妻という理解者への甘えなのかもしれないけれど、私はとても付き合いたくないと思ってしまった。
登録:
投稿 (Atom)