前半は「仮名手本忠臣蔵」から3段。
「殿中刃傷の段」は呂秀、呂響に駒清。呂秀が師直、呂響がそのほかという役割分担で全体的に呂秀のほうが目立った。呂秀はよく通る声で、ビブラートの利いた語りだが、声がとんがっている感じで耳に触る。呂響は全体的に苦しそうだった。とはいえ、2人とも去年に比べると各段の進歩(←えらそう)。
「裏門の段」は住年・住静。住年はブランクのためか硬いようだったが、「刃傷」の2人に比べると義太夫節らしい。住静はミスタッチも散見されたが、鳴りがいいというか、音がよく出ている。
「早野勘平腹切の段」は土佐恵・駒清。土佐恵の語りは与市兵衛女房が秀逸。女流の強みなのか、老母の心情が浮き出て聞こえた。一方、腹切りの場面などはあっさり気味。駒清の三味線は手はよく回るが、音が遠慮がちに聞こえる。
後半は増補忠臣蔵の「本蔵下屋敷の段」で住蝶・住輔に住静の琴。住蝶の語りはバランスが取れていて聞きやすい。クライマックスの琴が入るところで、不協和音?
2019年3月2日土曜日
0301 サファリP「悪童日記」
女性キャストを加えて再構成。題材は同じだが、脚本から初演時とはだいぶ違っている。初演時よりセリフに重きがおかれた印象で、ダンス要素も増していた。初演ほどの衝撃度はなかったが、これはこれで一つの在り方。
6つのローテーブルのような装置を移動させて家や路などを表現するシンプルな舞台美術、役柄がくるくる入れ替わり、言葉より体で語らせる演出は初演を踏襲。赤、青、紫のTシャツを着せて色彩を加えたところは、モノトーンだった初演時とは違う印象だが、色彩が過剰にも感じた。
ストーリーの明確さでは初演時のほうが伝わったが、余白が多いというか、観客にゆだねる部分が多く、想像力を刺激された。
6つのローテーブルのような装置を移動させて家や路などを表現するシンプルな舞台美術、役柄がくるくる入れ替わり、言葉より体で語らせる演出は初演を踏襲。赤、青、紫のTシャツを着せて色彩を加えたところは、モノトーンだった初演時とは違う印象だが、色彩が過剰にも感じた。
ストーリーの明確さでは初演時のほうが伝わったが、余白が多いというか、観客にゆだねる部分が多く、想像力を刺激された。
2019年3月1日金曜日
0227 上方伝統芸能フェスティバル「船弁慶三体」
大阪城公園に新設されたクールジャパンパークオーサカのオープニング企画で、講談の旭堂南龍を進行役に、能、文楽、筑前琵琶、落語が出演。この日は「船弁慶」をテーマにそれぞれの芸能が競演する趣向。
劇場の真ん中に能舞台をしつらえ、四つ角には短い柱を立てた構造。三方を客席が囲み、舞台の後ろには桜が活けてある華やかさ。ただ、椅子は会議室にあるようなもので、座り心地はよくない。
半能「船弁慶」は山本章弘のシテに福王知登のワキ。子方が脇柱のあたりで座る場面で、後見(父親?)の人が手首をつかんで何か小声で注意していたのでびっくりした。普段の能舞台よりも客席との距離が近く、しかも普段は壁で隔たれる地謡座のあたりも客席になっているので、細かい仕草も丸見え…。天井が抜けているせいか、声の響きがよくなかったように感じた。地謡が舞台の後方にいたせいかも。
文楽は「義経千本桜」の「渡海屋」の一部。呂勢・宗助の床に玉男の知盛。舞台を大きく使っての人形はダイナミック。こういう人形で足遣いの動きが良く見えるのは興味深かった。足をさっと出して力強く足踏みするところとか。
筑前琵琶「船弁慶」は奥村旭翠。派手さはないが、深みのある声がよく通る。船弁慶という曲の特徴か、同じような節が繰り返され、あまり起伏がなかったように感じた。
落語は月亭文都。初めて聞いたが、マクラがやたら長く、あまりうけない小咄をいくつも続けたうえ、本編が早口でせわしない。あんまり早口だと間が悪くなって面白くなくなるのだなあ。
進行役の南龍の役割は、それぞれの芸能の特徴や他の芸能と比べてみる際のポイントなどを指摘することだと思うのだが、ピンと外れの話が多かった。受けを狙っていろいろ小ネタを挟むのだがセンスがいまいちで、笑いも取れず。講談は久しぶりに聞いたが、そしてそれは古典ではなくてこの公演のために俄作りしたものだが、テンポが悪く、ちっとの面白くなかった。口裁きはいいのになあ…。
半能「船弁慶」は山本章弘のシテに福王知登のワキ。子方が脇柱のあたりで座る場面で、後見(父親?)の人が手首をつかんで何か小声で注意していたのでびっくりした。普段の能舞台よりも客席との距離が近く、しかも普段は壁で隔たれる地謡座のあたりも客席になっているので、細かい仕草も丸見え…。天井が抜けているせいか、声の響きがよくなかったように感じた。地謡が舞台の後方にいたせいかも。
文楽は「義経千本桜」の「渡海屋」の一部。呂勢・宗助の床に玉男の知盛。舞台を大きく使っての人形はダイナミック。こういう人形で足遣いの動きが良く見えるのは興味深かった。足をさっと出して力強く足踏みするところとか。
筑前琵琶「船弁慶」は奥村旭翠。派手さはないが、深みのある声がよく通る。船弁慶という曲の特徴か、同じような節が繰り返され、あまり起伏がなかったように感じた。
落語は月亭文都。初めて聞いたが、マクラがやたら長く、あまりうけない小咄をいくつも続けたうえ、本編が早口でせわしない。あんまり早口だと間が悪くなって面白くなくなるのだなあ。
進行役の南龍の役割は、それぞれの芸能の特徴や他の芸能と比べてみる際のポイントなどを指摘することだと思うのだが、ピンと外れの話が多かった。受けを狙っていろいろ小ネタを挟むのだがセンスがいまいちで、笑いも取れず。講談は久しぶりに聞いたが、そしてそれは古典ではなくてこの公演のために俄作りしたものだが、テンポが悪く、ちっとの面白くなかった。口裁きはいいのになあ…。
0224 システィーナ歌舞伎「TAMETOMO」
30分の休憩を挟んで3時間20分の長丁場。オープニングや場面転換のところで度々元歌劇のダンスや歌が入るのが冗長て退屈に感じたところもあったが、最後の立ち回りが迫力あって面白かったので、まあいいかという気持ちになった。
物語の運びは粗く、嵐を鎮めるために白縫姫は海に身を投げたはずなのに、どうやら皆遭難したらしかったり、為朝がいつのまに琉球へ来たの?とか、乗り移った白縫姫が急に大立ち回りを演じるので、え?姫は武術の達人だったっけ?となったり、アーサー王のごとく岩から剣を抜いて琉球王となった為朝が敵を倒すや息子に剣を譲ってしまったり、えー⁉︎という展開が多々あった。
上方歌舞伎チームの立ち回りが少人数の割に見応えあり。愛治郎は愛之助と一対一で斬りむすんだり、バク転を披露したりと活躍。折之助が女形だけでなく、立ち回りでも健闘してたのも頼もしい。千次郎は出てくると芝居が引き締まり、もはや安定感がある。
壱太郎は立ち回りだ刀流で剣を振り回す奮闘ぶり。対して愛之助は特筆すべきものがなかったような…。弓だけ持って立ち回りしたって、敵を倒せるわけないじゃん。
吉弥の毒婦ぶり、猿弥のラスボス感、国矢の小悪党と役者が揃ったので、楽しめた。
愛一郎はお笑い担当というか、怪我をした愛之助を介抱する場面での胸や尻に詰め物をした不細工な女やプロレスシーンでのオネエの覆面レスラーなど。これで喜ぶ客もいるのかもしれないが、いい加減辟易した。翫政の珍しい女形は面白かったけど。
物語の運びは粗く、嵐を鎮めるために白縫姫は海に身を投げたはずなのに、どうやら皆遭難したらしかったり、為朝がいつのまに琉球へ来たの?とか、乗り移った白縫姫が急に大立ち回りを演じるので、え?姫は武術の達人だったっけ?となったり、アーサー王のごとく岩から剣を抜いて琉球王となった為朝が敵を倒すや息子に剣を譲ってしまったり、えー⁉︎という展開が多々あった。
上方歌舞伎チームの立ち回りが少人数の割に見応えあり。愛治郎は愛之助と一対一で斬りむすんだり、バク転を披露したりと活躍。折之助が女形だけでなく、立ち回りでも健闘してたのも頼もしい。千次郎は出てくると芝居が引き締まり、もはや安定感がある。
壱太郎は立ち回りだ刀流で剣を振り回す奮闘ぶり。対して愛之助は特筆すべきものがなかったような…。弓だけ持って立ち回りしたって、敵を倒せるわけないじゃん。
吉弥の毒婦ぶり、猿弥のラスボス感、国矢の小悪党と役者が揃ったので、楽しめた。
愛一郎はお笑い担当というか、怪我をした愛之助を介抱する場面での胸や尻に詰め物をした不細工な女やプロレスシーンでのオネエの覆面レスラーなど。これで喜ぶ客もいるのかもしれないが、いい加減辟易した。翫政の珍しい女形は面白かったけど。
0222 若手素浄瑠璃の会
「尼崎の段」は碩・清允。少々固いところも含めてフレッシュな演奏。碩はいい声で、光秀の家臣の語りなどは勢いがあってよかったが、拍手が出るほどではなかった。女義のクセがついてると聞いたせいか、ところどころ女義っぽいと感じるところがあった。三味線の手数が多く弾きがいがありそうなので、三味線メーンの配役なのかも。清允は時折音がこもるところもあったが、よく弾いていた。
「堀川猿回しの段」
芳穂・友之助に燕二郎のツレ。
熱演なのだが、今ひとつ面白くないのは真面目すぎるからか。世話物なので、手練れ感というか、力を抜いたところも必要なのかも。友之助も緊張感か感じられた。バランバランと激しく弾くところも。
ツレ弾きは最初と最後なので、中盤は舞台袖に引っ込んでいた。
「堀川猿回しの段」
芳穂・友之助に燕二郎のツレ。
熱演なのだが、今ひとつ面白くないのは真面目すぎるからか。世話物なので、手練れ感というか、力を抜いたところも必要なのかも。友之助も緊張感か感じられた。バランバランと激しく弾くところも。
ツレ弾きは最初と最後なので、中盤は舞台袖に引っ込んでいた。
0218 ベルサイユのばら45
初演のアントワネット、オスカルから平成までのキャストが揃い、宝塚のベルばらの歴史を振り返る。VTRの名場面もあり、昔のキャストのほうが芝居に厚みがあり、ベルばらの世界を体現していたように思った。逆にいうと、最近のキャストは芝居が軽すぎて、小恥ずかしさが増してしてしまう。大仰に演じて、しかもその間を保てないと。歌舞伎や新派に近いのかも。
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