2018年7月16日月曜日

0710 エイチエムピー・シアターカンパニー「忠臣蔵・序 ビッグバン/抜刀」亀組

女優ばかりの亀組。仮名手本忠臣蔵を原作としながら、柳沢や大納言がフィーチャーされているのに戸惑った。
亀甲模様のパネルが3つ並び、ゴムのように伸び縮みする格子がかかっている。パネルは漫画のコマのようでもあり、格子をかき分けるようにして役者が登場する。登場人物は男ばかりだが、顔の中心を丸く白塗りするメイクはお面の効果があるのか、女優が演じる違和感を感じさせない。
浅野内匠頭の米沢千草は生硬な青年の風情があり、思いつめていく様子を逼迫感をもって表現。「この恨みをとどめたら、武士の魂が死ぬ」というセリフが象徴的で、「仮名手本」のようなかっとなっての犯行ではなく、将軍、天皇までを視野に入れた反逆だ。柳沢吉保が謀の元凶で、将軍の威を笠に着て権威をふるう。水谷有希の男前ぶりが際立つ。吉良上野介の森田祐利恵は権力になびくズルさ、小心さとの対比が巧みだ。大納言のナカメキョウコの食えない公家ぷりもいい。はたもとようこの大石内蔵助は風格があり、立派な家老。

場面転換や人物紹介で映像によるテロップを多用するのは、分かりやすい反面、安易でうるさくもある。ゆったりした白い衣装に薄手のローブをまとったような衣装がギリシャ風だったのはどういう狙いなのか。刀が黒いゴム製?でぶらぶらしてたのも気になった。

2018年7月11日水曜日

0710 復曲試演会「花魁莟八総」

復曲試演会の最終回は八犬士誕生を描く富山の段。伏姫とか八房とか、知っているタームが出てくるので親しみやすいが、物語の冒頭部なので盛り上がりには欠ける。本息の語り・演奏ではないので仕方ないのだろうが。 犬の顔に代わる伏姫の首は大江巳之助さんが作ったものがすでにあるそうで、人形つきの上演もできそうな様子。

7月8日 第6回 ながと近松文楽「出世景清」

近松門左衛門が竹本義太夫に書いた最初の浄瑠璃。「通し上演」と銘打ってはいるが、ダイジェスト版で上演時間はトータルで2時間あまりだが、物語の全体像は分かる。総じて面白くはあったり、歴史的な意義はあるのだろう。西日本の大雨で新幹線がストップし、座員の皆さんはフェリーで大阪港→門司港、バスで長門入りし、観客も当日の朝に山陽新幹線は通常運転に戻ったものの、在来線は止まったままで、いろいろ困難を乗り越えての上演・観劇だったので、観劇もひとしおといったところか。(文哉は岡山から45時間かけて現地入りしたとか) 前半は素浄瑠璃で。熱田の段(靖・燕二郎)、東大寺の段(芳穂・清馗)は短くあらすじを紹介する程度。阿古屋住家の段は呂勢・燕三で、比較的しっかり聞かせる。阿古屋の嫉妬が凄まじく、三味線の手もよくて拍手が出ていたほど。呂勢はエキセントリックな女性が上手い。この段に関しては人形なしのほうが良かったと思った。 六波羅河原の段からは人形付きで。前は芳穂・燕二郎、後は三輪・清志郎。小野姫の清十郎がよくて、拷問にかけられるところなど哀れさが際立つ。勘十郎の景清は竹垣を薙ぎ払って登場。ヒーローらしい派手な演出だ。 六波羅新牢の段は靖・清馗、牢破りの段は睦・宗助。阿古屋の裏切りを許せないのはいいとして、2人の子どもに手をかけるのをぼーっと見ている景清ってなんだ?3人の遺体が折り重なる乱暴さも、古い作品ならではなのか。せっかく牢を破って出てきたのに、すごすご牢に戻るのも理解できん。(さすがに客席からは笑いが漏れていた) 観世音身替の段は三輪、睦、芳穂、靖の掛け合いに清志郎。晒首になった景清の顔がだんだん面長になって…と思っていたら観音の顔に変わる仕掛け。目新しさはあるが、もうちょっとスピーディーにやるほうがいいかも。 清水寺の段は呂勢・燕三。景清が両目をえぐって頼朝に差し出すところなど、視覚的には面白い。景清の葛藤が深く描かれていたらもっと感動するのかも。 ダイジェスト版だったためか、全体的に登場人物の造形が浅く、突飛な行動に戸惑う展開。今の浄瑠璃との違いを楽しむという意味では興味深くみた。念願かなって涙ぐんでいた鳥越文蔵早大名誉教授に象徴される公演だった。

2018年7月6日金曜日

0705 ミュージカル「モーツアルト!」

山崎育三郎のウォルフガングは歌もうまいし、容姿もいいのだが、一味足りない。たぶん、天才らしい、傲岸不遜な様子が足りないのだと思う。権威的な父や大司教との対決の物語ではあるのだが、ウォルフガングが普通の人に見えてしまった。 コンスタンツェの生田絵梨花は歌は上手いが、悪妻の毒気が全くなく、可愛いいい子。役にまったく合っていない。 レオポルト役の市村正親、コロレド大司教の山口祐一郎の貫禄、男爵夫人の香寿たつきの歌唱力は聞きごたえがあった。 クンツェ&リーヴァイの作品らしく、「エリザベート」を思わせる音も。

0704 七月大歌舞伎 夜の部

「御浜御殿綱豊卿」 仁左衛門の綱豊卿のセリフの心地よさ。中車の助右衛門も懸命に渡り合っていて、やり取りの緊迫感を楽しめた。 が、さんざんそばへ寄るのを拒んでいた助右衛門が意を決して綱豊に近づくところで笑ってしまう観客ってどうよ。それまでのやり取りは振りではないのだが。 お喜世の壱太郎(何気に今月大活躍では?)、江島の扇雀、浦尾の吉弥ら、女形陣も役にはまっていて、バランスのいい舞台。 「口上」 20分の予定が5分ほど巻いて終了。あまり面白いことを言う人はなかった。 「女殺油地獄」 幸四郎が「最終目標」と言っていた大阪での油地獄だが、終始違和感が拭えなかった。どこがどう、とは言い難いのだが、強いて言えば、徳庵堤から人格破綻者に見えた。与兵衛は強がっているアホな男だけれど、そこには愛嬌がないといけないと思うのだ。幸四郎の与兵衛は危うげで、あまり近寄りたくない感じ。そのせいか、最期の殺しの場面での狂気との落差が少なかったのでは。猿之助のお吉はふてぶてしいというか、貫禄がすごい。与兵衛より大分年上に見えた。年下の幼馴染を放っておけず、つい世話を焼いてしまうというというより、冷静に考えているよう。殺しの場面でも、ついほだされちゃいそうになる様子が薄かったように感じた。 おさわの竹三郎、口入小兵衛の松之助が上方の風情。 それにしても、襲名披露公演の最後がこれって。どよーんとした気分で劇場を後にした。

0704 七月大歌舞伎 昼の部

「廓三番叟」 孝太郎の傾城、壱太郎の新造、歌昇の太鼓持。華やか。後見が金糸で鶴を縫い取った打掛をおろすとき、手が滑ってあわやという場面が。 「車引」 鴈治郎の梅王、扇雀の桜丸はなんだか気が抜けたよう。竹本のせいか、もっさりした感じ。仕丁のなかに、体が傾いでいる人が何人かいたのも気になった。桜丸の化粧はキリリと強めで、たおやかさがないのもいつもと違う感じ。 寿治郎の金棒引が若々しくて驚く。松王丸は又五郎、時平は弥十郎。 「河内山」 襲名披露狂言で、白鸚の河内山宗俊。花道を出たところから、足取りがおぼつかなく、せりふも老人のようにもごもごしてる。老け感の演出なのだろうか。 波路の壱太郎は可憐だが、ちょっと芝居が大げさか。弥十郎の高木小左衛門が分別のある忠臣らしく、安心感。 「勧進帳」 仁左衛門の富樫の大きさに感服。第一声から世界観が変わるのはさすが。 幸四郎の弁慶は1月の歌舞伎座よりは無理がなく、身の丈に合っているように感じた。緊張感のあるやり取りは客席にも伝わったが、「人が人に似たりとは」で笑いが起こってしまうのは力不足のゆえか。飛び六法はかろうじて手拍子にならず、一安心。 太鼓持ちの山川大遥くんがちっちゃくて可愛く、懸命に頑張る様子に目を惹かれた。

2018年7月4日水曜日

0630 藤間勘十郎 文芸シリーズ其三

「恐怖時代」 北翔海莉のお銀のは少し痩せたのか、すらりとした姿。凛とした声がよく通り、流し目が妖しい美しさ。もろさはあまり感じられないが。男たちを籠絡するとき、横を向いたときに除く本音の表情がいい。人が殺される場面で顔をそむけるのも、嫌なものから逃げる弱さが出ていた。三林京子の存在感が物語の世界を構築していた。河合宥希は役者のように美しい小姓という設定なので、男装した少女のよう。北翔と並ぶと男女逆転とは言わないまでも、姉妹のようだった。血の表現が、白い幕に血しぶきというのは安易な気がしたが、終始美意識にあふれる舞台だった。 「多神教」 恐怖時代に比べると焦点がぼけた印象。舞台上でセリフを発するのではなく、録音されたそれぞれの声に合わせての芝居はどういう意図だったのか?舞踊劇だったせいなのか、ピンとこなかった。