2025年8月17日日曜日

8月17日 三谷文楽「人形ぎらい」

人形がスケボーに乗るのが躍動感があってすごかった。地面を蹴る仕草がリアルだし、壁を登ったり、ボードを回転させたりと技も繰り出し。が、いちばん面白かったのがここで、物語としては盛り上がりに欠け、どこかで見たような話だった(と思うのは私が色々見過ぎでいるせい?)
いわゆるバックステージもの?で、陀羅助や源太などの首のキャラクターが芝居を演じる役者のような感じ。悪役ばかりやらさせる陀羅助がぼやいて主役をやりたいと近松に訴えたり、陀羅助、源太、老女の間で恋愛のもつれがあったり。面白そうな設定だが、もう一つ突っ込みが足りない。モリエールの「人間嫌い」の要素があまりないのも、期待はずれだった。詞章もこなれていない感じで、セリフ劇としてはともかく、音曲としては物足りない。「ルッキズム」がキーワードのようになっていて頻出するのだが、太夫にカタカナ語を言わせるのは前作でもあったし。舞台装置はさらにシンプルになっていて、屋台のような大道具がない黒バックに地味な着物(世話ものだから)の人形という、全体的に舞台が暗くて見えにくかったのもマイナスポイント。白い幕をカーテンのように左右に動かすことで場面転換や人形の出入りに活用していたのは「決闘高田馬場」で使っていた手法はテンポアップに繋がった。
人形遣いがメインだと思えば楽しめるかも。実際、陀羅助が人形遣いによって動かされていることに気付いて黒衣の一輔らと顔を見合わせたり、もう動けないという源太を玉佳ら人形遣いが何とか動かそうとしたり、果ては人形に「もう放っておいてくれ」と言われた人形遣いが人形を置き去りにして去ろうとしたり…とメタ的なやり取りがあって、人形遣いが小芝居する場面がチラホラ。一輔はオーバーめの仕草で笑いをとっていたが、玉佳のぎこちなさも微笑ましい。陀羅助はスケボーのほかは、通天閣をよじ登り、降りるときは面倒臭いからとスカイダイビングもこなし、「人間にできることで人形にできないことはない」を体現していた。
床は両脇の高い位置にあり、千歳・清介→睦・清丈→呂勢・清志郎→靖・清公、清允→千歳、睦・清介→呂勢、靖・清志郎。袖からスライドで出てくるのは前回と同じ。前回よりも一人で語り分けるところが多く、靖はお福が地団駄踏んだりするところなどよかった。劇中劇の「槍の権左」は初め千歳が通常通り、2回目は呂勢が源太の顔が変わって自信なさげ(←うまかった!)と演じ分けていたのが面白かった。最後は両床みたいになって、上手の源太&姐さん、下手の陀羅助&お福の掛け合いみたいだった。

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