「沼津」
藤十郎の十兵衛と翫雀の平作という親子逆転。翫雀の爺さんに違和感がないのに驚く。扇雀のお米も加わり、本当の親子が親子を演じているので、やはりよく似ているし、肉親の情も深いような。
千本松原の場、股五郎の落ち延び先を明かせないと説得するところで、十兵衛が平作の手をとって刀の柄を触らせるのだが、どういう意味なのか。平作はこの後、刀をとって自害するわけで、自殺をそそのかしているように見えるのだが。
「身代座禅」
仁左衛門の右京のかわいらしく、チャーミングなことといったら!期待を裏切らない魅力だ。
奥方玉の井の翫雀も、不細工なんだけどかわいらしい奥方を好演。
千枝、小枝を梅枝と児太郎。やはり年上だけあって梅枝に安定感があるが、児太郎も所作がきれいだった。
太郎冠者の橋之助は過不足なく。軽妙な太郎冠者だった。
「真景累ヶ淵」
豊志賀の時蔵は、年増女がだんだん厄介になって行く様が恐ろしい。菊之助の新吉も、初めのころは献身的に看病しているのに、だんだん豊志賀がうっとおしくなっていくのがよくわかる。
お久の梅枝は可憐な若い女を好演。竹三郎の新吉伯父、勘蔵は、江戸の伯父さんってどうなのと思ったけど、以外にはまっていたのが流石。噺家さん蝶の萬太郎は、ちょっとやかましい感じが残念。もともとは落語の話なので、この役って結構キモだと思うのだが。
ところで、怪談なのに、客席が爆笑してしまうのはなぜなのだろう。くすっとなるくらいは分かるけど、げらげら笑うのってムード台無しだと思うのだが。
「女伊達」
孝太郎の女伊達に萬太郎、国生の男伊達。
国生の背が伸びて、男前になっていたのにびっくり。ちょっと前までぽっちゃりの男の子だったのに。
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