2025年9月24日水曜日

9月24日 秀山祭九月大歌舞伎 Aプロ 昼の部

仁左衛門の菅丞相をしっかり観たくて再見。体調不良で21日の公演を休んだので心配したが、おおむね元気そうで安心した。(所々、呼吸が苦しそうなところもあったが、演技と見えなくもなく)
1階席で観ると表情の細かな変化にも気づく。筆法伝授で勘当は別と言い放つときに滲む苦悩、道明寺では木像のときは顔つきからして違う。本物の菅丞相になると感情を抑えつつも血が通ったように見えるのだから不思議だ。苅屋姫との別れも、鏡越し、池に映る姿を見つつ、直には目を合わさないよう律していても、見てしまうと愛しさが溢れて。悲しみの深さがひしひしと伝わる。(花道での天神の見栄で「待ってました」の掛け声はどうかと思うが)左近の苅屋姫も大健闘で、菅丞相から目を離さず、着物の袂に縋り付く様がひたむきでいたいけ。

加茂堤は歌昇の桜丸、新吾の八重。身長差はあまり気にならなかったけど、やんちゃな桜丸。親王と苅屋姫が牛車にこもって「たまらん」と言うのがちょっとゲスっぽい。斉世親王の米吉はこの中では古典らしさが足りないかも。
筆法伝授は橘太郎の希世が絶妙なコミカルさ。吉弥の局水無瀬、雀右衛門の御台所と適材適所。 道明寺は歌六の土師兵衛が、賀の祝の好々爺ぶりと打って変わって、極低音の声で極悪人だとわかる。
竹本は葵太夫が伝授場と道明寺の切を掛け持ち。道明寺は4組のリレーだったが、最初の樹太夫が若手ながら浄瑠璃らしい語りで良かった。

2025年9月21日日曜日

0921 貞松・浜田バレエ団「海賊」

所要のため一幕の途中から鑑賞。 メドーラの名村空は大輪の花のような華やかさがあり、ヒロインの風格がある踊り。比べるとギュリナーラの井上ひなたは硬いか。コンラッドの水城卓哉は颯爽として格好いいが、海賊というより王子が似合う。アリの幸村恢麟は小柄ながらキレの良い回転が目を惹く。ジャンプはちょっと低いか。 改めて全幕で見ると、違和感を覚えるところが多々。トルコを悪役に仕立てるところやギリシャの娘たちの露出の多い衣装など、ステレオタイプというか、西欧人の偏見が強というか。今の時代に合わなくなっているのではと感じた。物語も薄っぺらい。

2025年9月20日土曜日

9月20日 爽秋文楽公演Cプロ

「曽根崎心中」 生玉社前は靖・団七。 靖は比較的悪い癖が抑えられていて、まずまず。三味線によって変わるものだ。団七はミスタッチもあったが、さすがの貫禄。 天満屋は錣・宗助。 力みがなく、聞きやすい浄瑠璃でホッとする。「死ぬる覚悟」のくだりは音楽だったのだと再認識した。 天神森は織のお初、小住の徳兵衛、聖、織栄、文字栄に藤蔵、清馗、寛太郎、清允。 人形は一輔のお初が可憐でたおやか。玉助の徳兵衛は人形遣いが表に出る癖がいつもよりは控えめ。最期、帯で互いを結びつけるところ、布が余って垂れ下がっていたのはちょっと格好悪い。 玉佳の九平次は出てくるところで人形使遣い自身も千鳥足。

2025年9月15日月曜日

9月15日 秀山祭九月大歌舞伎 夜の部 Aプロ

「車引」

染五郎の梅王丸、左近の桜丸と若手の組み合わせがいいと思ったが、染五郎が意外によくない。源蔵よりは年齢的にも合っていると思いきや、太い声に暗い響きがあるのが悪役じみて聞こえ、梅王という陽のキャラに見えないのだ。彼の声はむしろ松王丸向きで、松王丸の幸四郎と並ぶとどっちが悪者か分からなくなる。
桜丸の左近は苅屋姫に続いて好演。柔らかい雰囲気がとても役らしい。
時平は白鴎。牛車に乗り込むところから電動の台に乗っていた感じで、姿を現すのも椅子に座ったまま台ごとせり上がっていた様子。足が相当悪いのか。口跡もモゴモゴしていて、舌を染める食紅が唇の下に垂れていた。

「賀の祝」

時蔵の桜丸の哀れさに涙。身じろぎすらせず、一点を見つめる様子に死への決意がくっきりと現れる。壱太郎の八重は上方らしいおっとりした風情があり、悲しみがより増す。又五郎の白太夫は人が良さそう。
新悟の千代、種之助の春はBプロと同じで、松王丸が歌昇、梅王丸が橋之助に替わる。こちらの2人の方が血気あふれる若者らしいか。

「寺子屋」

松緑の松王丸にこれほど泣かされるとは。ちょっと不器用な感じがいいのか。「逃げ隠れもせずに」や「笑いましたか」「健気なやつや九つで」のセリフが胸を打つ。萬寿の千代ともいいバランスで、思わず涙に暮れるところで涙を誘われた。
幸四郎の源蔵は特にいいとは思わないのだが、過不足ないというのは重要なのだと。染五郎の源蔵との違いをいろいろ考えてしまった。
園生の前の東蔵は足元がかなり覚束なくて心配。

9月15日 秀山祭九月大歌舞伎 昼の部 Aプロ

幕見で筆法伝授から。

幸四郎の源蔵に時蔵の戸浪がよき。時蔵は昨日の夜の部も良かったけど、相方が安定している余計な気を取られないのでよさに集中できる。粗末な着物に豪華な打ち掛けというチグハグな衣装でも主君への恩義をしっかり持った、芯のある人物像がくっきり。
幸四郎は筆法の写しを書くところ、本当に筆書きしていた。
仁左衛門の菅丞相は余計なものが削ぎ落とされた境地に達した感あり。これを観てしまうと、他の菅丞相は見られないなぁ。

道明寺は左近の苅谷姫が大健闘。可憐で健気で。女方の発声にも不安定さがなくなった。立田の前の孝太郎、はじめ苅谷姫との関係が分からなくなって戸惑った。歳が離れすぎているので、どう見ても母か叔母…。
仁左衛門の菅丞相は、木人形と本物の演じ分けが見事。人形でもわざとらしくなく、でもちょっとぎこちない動きで。衣装に水が落ちたようなシミがあったのは涙?
宿禰太郎に松緑。苅谷姫の左近と並んでも親子に見えないのがジワる。

2025年9月14日日曜日

9月14日 九月大歌舞伎 Bプロ 夜の部

「車引」

松緑の梅王丸、錦之助の桜丸、芝翫の松王丸。配役を確認していなかったので、しばらく桜丸が誰か分からず…。桜丸は女方が演じるイメージなので、あまりニンではないのでは。

「賀の祝」

菊五郎の桜丸が端正で、切腹の悲壮感がいや増す。米吉の八重も可憐で、いい組み合わせ。白太夫は歌六。最期、突っ伏した桜丸の背に八重が着物の袂をかけるのはどんな意味があるのだろう。

慎吾の千代、種之助の春に、彦三郎の松王丸、萬太郎の梅王丸。松梅のケンカは子どもっぽく微笑ましいくらいだが、加速度に悲劇が展開していく。彦三郎は美声で落ち着いた感じで、血気にはやる萬太郎と好対照。萬太郎と種之助は同じ背格好と思っていたのだが、並ぶと種之助のほうが小柄だった。

「寺子屋」

染五郎の源蔵はやはりまだ早かった。セリフや所作は不足なくやっていたと思うが、板についてない。大きく見せようと気張っているのが余計に上っ面に見え、緊張感が過剰なほど鋭く、苦笑してしまう。時蔵の戸浪は期待通りだったが、だからと言ってカバーできるものではない。
幸四郎の松王丸も、形ばっかりな感じがして。雀右衛門の千代は良かったのだが。

寺入りからで物語がじっくり描かれるのはいいのだが、涎くりまわりのおふざけが過多に感じた。落書きをしたのを仕置きするために線香を持って文机の上に立たせる型は初めてみた。千代が出かけた後、涎くりと荷物持ちが千代と戸浪のやりとりを真似するのも。涎からが男女蔵だから特別だったのか。あまり子供っぽく演じてないので、可愛げがない。


2025年9月13日土曜日

9月13日 TTR能プロジェクト『50回記念』プレミアム公演

「楊貴妃」 大槻文蔵のシテ。宮殿身に立てた作り物の中からまずは声だけ、続いてすだれ?越しに姿を垣間見せる。ゆかしく、優美さが際立つ。後半の舞はさすがの説得力。干之掛、台留の小書がついて、最後は作り物の脇に座って終演。ワキは福王茂十郎、アイは善竹隆平。一般的に能はあの世の霊が現世を訪れるが、これは逆にワキの方士があの世を訪れるのが珍しい。 一調「遊行柳」を浦田保親、 狂言「佐渡狐」 茂山千三郎のシテ、善竹隆司のアド、隆平。   「景清」 シテは友枝昭世、ツレは佐々木多門、宝生欣哉のワキ。 舞台中央に作り物、下を訪ねてくる人がいて、最後、去るのをシテが見送るーーという構成は同じだが、楊貴妃とは全く対照的。貧しい荒屋で、平家の落人という武張った役どころ。戰物語ではキビキビとした動き。 ワキツレの宝生尚哉の発声が子方のようで、元気よすぎで雰囲気をぶち壊す。 色々あったが、総じて人間国宝二人の至芸を堪能した。 公演前の講座によると、恋慕の能ということだが、楊貴妃は玄宗に恋していたのかな。現世への未練はあると思うけど、それは恋慕とは違う気がする。

2025年9月6日土曜日

9月7日 爽秋文楽公演 第2部

「心中天網島」 河庄の切を千歳・富助。いきなり真打登場という感じだが、今ひとつ。語りも三味線も武張った感じで世話ものらしくないというか。後の呂勢・清治に変わって色彩が鮮やかになった感じがした。治兵衛が帰り際に小春を罵るところの情けなぶりが秀逸。 紙屋内の口は亘・団吾。語りだしは悪くなかったのだが、子どもの声が変に鼻にかかってひっくり返った。 奥は藤・燕三。つい意識が遠のいてしまうのは、語りが単調というか、さらさらと流れていってしまうからではないか。燕三の三味線は素晴らしいのに…。 大和屋は芳穂・錦糸。前回は咲だったか。比べると語りが硬いというか、廓の柔らかさがもっとあるといい。 道行あ睦、靖、聖、津国に清友、友之助、燕二郎、藤之亮。 人形は玉男の治兵衛、勘弥の小春はいいいとして、和生の孫右衛門は珍しい配役。 初日なのに客入りが半分くらい。厳しい。