2026年2月6日金曜日

1月30日 ミュージカル「エリザベート」

博多座公演を後日配信で視聴。 望海風斗のエリザベートは歌のうまさは抜群で、「私が踊るとき」の自信に溢れた歌唱や、精神病院やルドルフの葬儀の感情を露わにした歌は感動的だった。…のだが、演出のせいか今一つ入り込めず。特に、精神病院のシーンをハンガリー国王に就任した絶頂期のあと(少年ルドルフが母を求めるところを挟んだが)に移したのが意図不明。精神病患者に同情する理由がないと思うのだが。(宝塚版では、フランツの浮気が分かって失意のうちだから、感情の流れが自然)全体的にメイクが薄いのか、少女時代に無理があったり、全盛期も今一つ地味だったり。(トートの方が化粧濃くないか?) 山崎育三郎のトートは、歌はうまいのだが、キャラクターとしては似合わなくて、3か所くらい、声に出して笑ってしまった。(寝室のシーンでエリザベートの背後からニュッと出てくるところと、体操室で「待っていた!」と叫ぶところ、ルドルフの墓から這い上がるところ)何というか、粘着質で変態っぽいのだ。最後の、胸をはだけたレースの白シャツの衣装もなんか変で。ああいうのはスラリとした細身でないと似合わないと思う。濃いアイシャドウのせいか、ソバージュヘアのせいか、顔が「翔んで埼玉」の二階堂ふみに似てた。 松也のルキーニは、目線を上目遣いでキョロキョロして、イっちゃってる感じがちょっとうざい。フランツの佐藤隆紀は庶民的というか、善良なおじさんみたいで皇帝の威厳が足りないか。ルドルフの伊藤あさひはナイーブな若者らしさが役にあう。目を見開くと漫画のびっくり目みたいで、追い詰められた感じが出ていた。ゾフィーの香寿たつきは作りすぎず、威厳があってよき。 演出面であれ?と思うところがいくつかあって、失意のエリザベートが各国を放浪する中でギリシャの別荘を訪ねてハイネの詩にかこつけて父親のようになれなかったと嘆く場面は唐突な感じ。その後の「Hass」でハイネの銅像を建てようとしているという件があるけれど、それとの絡みなのか。もしその為に精神病院のシーンを前に移したのだとしたら、良策とは言えないと思う。体操室のシーンでも、フランツの浮気を知ったエリザベートが「命を絶つわ」と自ら言うのもよくない。「どうやって生きていったらいいの?」と言うのに、トートが「死ねばいい」と言い放つのがいいのに。後、「闇が広がる」でトートとルドルフが手を引っ張り合う振付がなくなったのも残念。

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