2025年8月31日日曜日
8月31日 空晴「すきだった、うた」
まちの公民館のようなところにサークル活動をしているらしい男女が集まる。ステージでは文化祭の舞台稽古が行われ、慌ただしい様子で人々が入れ替わり立ち替わり。空晴らしい、誤解や早とちりですれ違うもどかしさ?が焦ったいというか。舞台奥の、通路ではない狭い隙間を通って出入りするなど、無用な手間に見えて初めモヤモヤしたのだが、後半はテンポ良く笑いも。劇団員が岡部尚子、上瀧昇一郎の2人だけになり、後はゲスト参加の浅野彰一、木内義一、クスミヒデオ、初登場という日詰千栄が安定感のあるうまさでで場を引き締めた。「空晴流ミュージカル」という触れ込みだったが、歌は最後クスミのギター弾き語りだけだった。
8月31日 中之島文楽2025 曽根崎心中
「曽根崎心中」を講談、現代アート、文楽のコラボで。
第一部の講談は旭堂南海。観音巡りから生玉社前までをコンパクトに語る。徳兵衛を巡る金の流れがすっきりと分かりやすい。
第二部は文楽で、天満屋を織・藤蔵。なんか集中できなくて、「死ぬる覚悟が……」のくだりを聞き逃した。幕前のトークで織が映画「国宝」に触れて、義兄弟とモノマネしただの、「私のところ来てくれたら」(=教えてあげたのに)言っていたので、どんなもんかと思っていたのだが。トークで語った(本イキではないそう)様子だと、映画よりはサラッとした感じ。トークでは天満屋の段は4世織太夫が複曲したもので、師匠から直伝の、一門にとって大切なものとも話していたが、アゴを使うのはそのせい?ガウガウ言ってて、聞き苦しい。
天神森の段は藤、芳穂、咲寿に燕三、勝平、清馗。特筆するほど良くもないが、悪くもない。というか、舞台がガチャガチャしていて床に集中できなかった。
現代美術の谷原菜摘子のイラストは去年よりはおどろおどろしさはマイルドになっていたが、やはり異様な感じ。アニメーションはスクリーン裏から投影していたようで、人形が影になることはなかったのは進歩。だが、後ろのスクリーンの明るさに比べて舞台が暗く、沈んだ感じ。さらに今年は人形のアップの映像も多用されたので、視線が逸らされるというか、舞台上の視覚情報が過多で生の舞台に集中できなかった。(せっかくの一輔&玉男だったのに……)背景もアニメーションで、天満屋の壁や天井が極彩色にらなってたり、天神森の木がジャングルの植物のようだったり。背景に合わせて、大道具の木(お初の打ち掛けをかけるところ)も熱帯植物のようになっていて違和感があった。
国宝効果もあって、2階席まで大入り。
第一部の講談は旭堂南海。観音巡りから生玉社前までをコンパクトに語る。徳兵衛を巡る金の流れがすっきりと分かりやすい。
第二部は文楽で、天満屋を織・藤蔵。なんか集中できなくて、「死ぬる覚悟が……」のくだりを聞き逃した。幕前のトークで織が映画「国宝」に触れて、義兄弟とモノマネしただの、「私のところ来てくれたら」(=教えてあげたのに)言っていたので、どんなもんかと思っていたのだが。トークで語った(本イキではないそう)様子だと、映画よりはサラッとした感じ。トークでは天満屋の段は4世織太夫が複曲したもので、師匠から直伝の、一門にとって大切なものとも話していたが、アゴを使うのはそのせい?ガウガウ言ってて、聞き苦しい。
天神森の段は藤、芳穂、咲寿に燕三、勝平、清馗。特筆するほど良くもないが、悪くもない。というか、舞台がガチャガチャしていて床に集中できなかった。
現代美術の谷原菜摘子のイラストは去年よりはおどろおどろしさはマイルドになっていたが、やはり異様な感じ。アニメーションはスクリーン裏から投影していたようで、人形が影になることはなかったのは進歩。だが、後ろのスクリーンの明るさに比べて舞台が暗く、沈んだ感じ。さらに今年は人形のアップの映像も多用されたので、視線が逸らされるというか、舞台上の視覚情報が過多で生の舞台に集中できなかった。(せっかくの一輔&玉男だったのに……)背景もアニメーションで、天満屋の壁や天井が極彩色にらなってたり、天神森の木がジャングルの植物のようだったり。背景に合わせて、大道具の木(お初の打ち掛けをかけるところ)も熱帯植物のようになっていて違和感があった。
国宝効果もあって、2階席まで大入り。
2025年8月30日土曜日
8月30日 第3回 和のいずみ
箏曲の片岡リサプロデュースによる文楽と箏のコラボ。
オープニングは東住吉高校生徒による長唄「越後獅子」。
三味線20人くらい、唄10人くらいの大編成ながらよく揃っていたが\、会場のせいか楽器のせいか音が薄っぺらく聞こえた。唄の発声が唱歌というか洋楽ぽく、邦楽を習得するのは簡単ではないのだと思った。
楽器紹介コーナーで長唄、地歌、義太夫三味線の違いを紹介。富介が駒の違いによる音の違いなどを実演。
地唄三味線・唄の「鶴の声」、浄瑠璃歌謡曲「朝顔の歌」。浄瑠璃歌謡曲は大正〜昭和期のソプラノ歌手が考案したものだそうで、箏の演奏とソプラノ歌唱を合わせるのが面白かった。
「マザーズ」は山根明季子作曲の新作を片岡と寛太郎が合奏。同じ旋律を繰り返すボカロの歌?に合わせて琴と義太夫三味線が同じ音、旋律を少しずつ違う弾き方で重ねていく感じで、現代音楽らしい面白さ。ただ、義太夫三味線らしさが引き出されているという感じはあまりなく、他の楽器でもよかったのではと思う。 最後は「阿古屋琴責の段」を特別編成で。呂勢の語りに富介、寛太郎、三曲は燕二郎、人形は勘十郎、簑紫郎、勘昇。三曲のうち琴は片岡が演奏したのだが、三味線の音に掻き消されがち。観客は片岡のファンが多いらしく文楽には馴染みがないようで、琴、三味線、胡弓の演奏に関心しきり(特に人形の動きについて)なのはいいのだが、演奏が終わるたびに結構長々と拍手が起こって語りが聞こえなかった。呂勢の語りの華やかさ、手堅い演奏で聞き応えがあっただけに残念。
地唄三味線・唄の「鶴の声」、浄瑠璃歌謡曲「朝顔の歌」。浄瑠璃歌謡曲は大正〜昭和期のソプラノ歌手が考案したものだそうで、箏の演奏とソプラノ歌唱を合わせるのが面白かった。
「マザーズ」は山根明季子作曲の新作を片岡と寛太郎が合奏。同じ旋律を繰り返すボカロの歌?に合わせて琴と義太夫三味線が同じ音、旋律を少しずつ違う弾き方で重ねていく感じで、現代音楽らしい面白さ。ただ、義太夫三味線らしさが引き出されているという感じはあまりなく、他の楽器でもよかったのではと思う。 最後は「阿古屋琴責の段」を特別編成で。呂勢の語りに富介、寛太郎、三曲は燕二郎、人形は勘十郎、簑紫郎、勘昇。三曲のうち琴は片岡が演奏したのだが、三味線の音に掻き消されがち。観客は片岡のファンが多いらしく文楽には馴染みがないようで、琴、三味線、胡弓の演奏に関心しきり(特に人形の動きについて)なのはいいのだが、演奏が終わるたびに結構長々と拍手が起こって語りが聞こえなかった。呂勢の語りの華やかさ、手堅い演奏で聞き応えがあっただけに残念。
2025年8月24日日曜日
8月24日 上方歌舞伎会
「傾城反魂香」
又平の當吉郎は純朴そうな感じが役にあっている。セリフはもうひとつだが、拙いのが返って胸を打つのか、苗字を許されないと絶望して慟哭するところなどジーンときた。おとくは千寿。アイラインが細いせいかちょっと冷たそうに見えるのだが、情のある女房。手水鉢を絵が抜けたことを知らせる所や、最後の花道で又平にもっと堂々と歩いてと指導?するところで声を出さず、口パクだったのはこう言う演出だったろうか。(口パクでも十分伝わったが)
千太郎の修理之助はスラリとした長身。竹之助の下女おなべは、又平に着物を着付けてやるところの手際の良さ。
冒頭の百姓はりき弥、愛三郎、佑次郎、當史弥。普段女方のりき弥と當史弥はどうなることかと思ったが、意外にも普通の百姓の兄ちゃんという感じ。鴈大の土佐将監、松十郎の雅楽之助。
「太刀盗人」
千次郎のすっぱはキリッとした化粧が男前。やはりうまい。翫政の田舎者とのやり取りも息が合って軽妙。松四郎の目代、愛治郎の従者。
終演後は仁左衛門ら指導陣が挨拶。「情熱は100%だが、出来栄えは100%でない者も」と仁左衛門。鴈治郎に振る時に「翫雀さん」と言いかけ、一通り挨拶が終わったところで「自己紹介を忘れてました。片岡仁左衛門です」とのたまうお茶目ぶり。出演者の挨拶が終わったところで、少し言い淀んでから「上方歌舞伎会存続のために、一人でも多くを誘ってきてほしい」と切実な訴え。稽古の合間に出演者自身がチケットを売らなければならない状況で、予算が厳しく、演目が限られる歯痒さもあるそう。
2025年8月17日日曜日
8月17日 三谷文楽「人形ぎらい」
人形がスケボーに乗るのが躍動感があってすごかった。地面を蹴る仕草がリアルだし、壁を登ったり、ボードを回転させたりと技も繰り出し。が、いちばん面白かったのがここで、物語としては盛り上がりに欠け、どこかで見たような話だった(と思うのは私が色々見過ぎでいるせい?)
いわゆるバックステージもの?で、陀羅助や源太などの首のキャラクターが芝居を演じる役者のような感じ。悪役ばかりやらさせる陀羅助がぼやいて主役をやりたいと近松に訴えたり、陀羅助、源太、老女の間で恋愛のもつれがあったり。面白そうな設定だが、もう一つ突っ込みが足りない。モリエールの「人間嫌い」の要素があまりないのも、期待はずれだった。詞章もこなれていない感じで、セリフ劇としてはともかく、音曲としては物足りない。「ルッキズム」がキーワードのようになっていて頻出するのだが、太夫にカタカナ語を言わせるのは前作でもあったし。舞台装置はさらにシンプルになっていて、屋台のような大道具がない黒バックに地味な着物(世話ものだから)の人形という、全体的に舞台が暗くて見えにくかったのもマイナスポイント。白い幕をカーテンのように左右に動かすことで場面転換や人形の出入りに活用していたのは「決闘高田馬場」で使っていた手法はテンポアップに繋がった。
人形遣いがメインだと思えば楽しめるかも。実際、陀羅助が人形遣いによって動かされていることに気付いて黒衣の一輔らと顔を見合わせたり、もう動けないという源太を玉佳ら人形遣いが何とか動かそうとしたり、果ては人形に「もう放っておいてくれ」と言われた人形遣いが人形を置き去りにして去ろうとしたり…とメタ的なやり取りがあって、人形遣いが小芝居する場面がチラホラ。一輔はオーバーめの仕草で笑いをとっていたが、玉佳のぎこちなさも微笑ましい。陀羅助はスケボーのほかは、通天閣をよじ登り、降りるときは面倒臭いからとスカイダイビングもこなし、「人間にできることで人形にできないことはない」を体現していた。
床は両脇の高い位置にあり、千歳・清介→睦・清丈→呂勢・清志郎→靖・清公、清允→千歳、睦・清介→呂勢、靖・清志郎。袖からスライドで出てくるのは前回と同じ。前回よりも一人で語り分けるところが多く、靖はお福が地団駄踏んだりするところなどよかった。劇中劇の「槍の権左」は初め千歳が通常通り、2回目は呂勢が源太の顔が変わって自信なさげ(←うまかった!)と演じ分けていたのが面白かった。最後は両床みたいになって、上手の源太&姐さん、下手の陀羅助&お福の掛け合いみたいだった。
いわゆるバックステージもの?で、陀羅助や源太などの首のキャラクターが芝居を演じる役者のような感じ。悪役ばかりやらさせる陀羅助がぼやいて主役をやりたいと近松に訴えたり、陀羅助、源太、老女の間で恋愛のもつれがあったり。面白そうな設定だが、もう一つ突っ込みが足りない。モリエールの「人間嫌い」の要素があまりないのも、期待はずれだった。詞章もこなれていない感じで、セリフ劇としてはともかく、音曲としては物足りない。「ルッキズム」がキーワードのようになっていて頻出するのだが、太夫にカタカナ語を言わせるのは前作でもあったし。舞台装置はさらにシンプルになっていて、屋台のような大道具がない黒バックに地味な着物(世話ものだから)の人形という、全体的に舞台が暗くて見えにくかったのもマイナスポイント。白い幕をカーテンのように左右に動かすことで場面転換や人形の出入りに活用していたのは「決闘高田馬場」で使っていた手法はテンポアップに繋がった。
人形遣いがメインだと思えば楽しめるかも。実際、陀羅助が人形遣いによって動かされていることに気付いて黒衣の一輔らと顔を見合わせたり、もう動けないという源太を玉佳ら人形遣いが何とか動かそうとしたり、果ては人形に「もう放っておいてくれ」と言われた人形遣いが人形を置き去りにして去ろうとしたり…とメタ的なやり取りがあって、人形遣いが小芝居する場面がチラホラ。一輔はオーバーめの仕草で笑いをとっていたが、玉佳のぎこちなさも微笑ましい。陀羅助はスケボーのほかは、通天閣をよじ登り、降りるときは面倒臭いからとスカイダイビングもこなし、「人間にできることで人形にできないことはない」を体現していた。
床は両脇の高い位置にあり、千歳・清介→睦・清丈→呂勢・清志郎→靖・清公、清允→千歳、睦・清介→呂勢、靖・清志郎。袖からスライドで出てくるのは前回と同じ。前回よりも一人で語り分けるところが多く、靖はお福が地団駄踏んだりするところなどよかった。劇中劇の「槍の権左」は初め千歳が通常通り、2回目は呂勢が源太の顔が変わって自信なさげ(←うまかった!)と演じ分けていたのが面白かった。最後は両床みたいになって、上手の源太&姐さん、下手の陀羅助&お福の掛け合いみたいだった。
2025年8月16日土曜日
8月16日 歌舞伎「刀剣乱舞 東鑑雪魔縁」
前作よりもキャラクターが深掘りされた感じで、見応えがあった。面白かった。鎌倉時代の源実朝暗殺を題材に、源氏ゆかりの髭切・膝丸兄弟(莟玉、吉太朗)が大活躍。政を疎かにしていると思われていた実朝(歌昇)が暗殺されることに躊躇いを感じている膝丸が実朝の本心聞いて葛藤し、さらに羅刹微塵(松也)によって暗殺者の公卿(鷹之資)が殺されたため、歴史が変わらないよう自らの手で実朝を殺めるという辛い決断を迫られる。兄弟のわちゃわちゃした感じもあり、人気キャラが存分に楽しめたのでは。
意外にも良かったのが、歌昇演じる陸奥守吉行。オープニングの流し目からして、キャラクターになり切った感じ。土佐弁のセリフもよく、颯爽とした好青年。左近の加州清光はビジュアルが凛としたクールビューティ。ツンとした感じなのに、客席いじりの手慣れた感じはゲームやアニメのキャラクターなのかな。
三日月宗近の松也は悪役の羅刹微塵と二役。早替わりも見せる。小烏丸の雪之丞は二役の北条政子で見せた。鬼丸国綱の獅童はいつも通りの安定感。 最後は刀剣男士たちの舞踊「舞競花刀剣男士」。髭切・膝丸による三番叟に始まり、春夏秋冬を踊りで描く。
意外にも良かったのが、歌昇演じる陸奥守吉行。オープニングの流し目からして、キャラクターになり切った感じ。土佐弁のセリフもよく、颯爽とした好青年。左近の加州清光はビジュアルが凛としたクールビューティ。ツンとした感じなのに、客席いじりの手慣れた感じはゲームやアニメのキャラクターなのかな。
三日月宗近の松也は悪役の羅刹微塵と二役。早替わりも見せる。小烏丸の雪之丞は二役の北条政子で見せた。鬼丸国綱の獅童はいつも通りの安定感。 最後は刀剣男士たちの舞踊「舞競花刀剣男士」。髭切・膝丸による三番叟に始まり、春夏秋冬を踊りで描く。
2025年8月10日日曜日
8月10日 能狂言「日出処の天子」
野村萬斎演出・主演の意欲作。…なのだが、うーん。一番のネックは萬斎が厩戸王子のニンではないことだろう。ちょっと陰のある雰囲気は山岸涼子の絵の雰囲気と共通するところもあるかと思ったが、華奢で中世的な雰囲気とは程遠い。クライマックスの毛子とのやりとりで「そなたも私を抱いたではないか」とか生々しいセリフが続くところなぞ、なんとも気持ち悪くて、いたたまれない気持ちになった。毛子が好きという気持ちが嘘っぽいというか、日本のアイドルタレントが演じるBLドラマみたい。ラストの妃(配役では子となっていたが、膳美郎女?、鵜澤光)を抱いた厩戸の後ろで地謡が心情を語るところは、自分でセリフを語るよりも寂寥感、やるせなさが鮮明になり、心に響いた。能狂言なのだから、下手にセリフを喋るより、能の仕組みを使う方が効果的だと思う。
蘇我毛子役の福王和幸は原作そのままの雰囲気で適役だが、10年前だったらもっと似合っただろう。現代劇風のセリフを謡のように話すので、他人事のように聞こえる。 舞台中央に木枠に障子紙を貼ったようなセットがあり、衝立のようになったり、六角柱のように囲って部屋のようになったり。アニメーションのような映像を映すのは今ひとつだったが、ラブシーンを後ろから影絵のように映すのは悪くなかった。(多分、役者の陰でなく、人形か何かだったのも変に生々しくなくてよき)
意外にも、大槻文蔵が間人媛で出演。一場、ニ場の冒頭で、厩戸との確執を吐露することで、この物語が母子関係から始まっていることが鮮明になった。
戸自古は大槻裕一。ニ場のみの登場で毛子との関係が十分に描かれないまま、布都姫の手紙に嫉妬して毛子を陥れる激しさのみ描かれる。布都姫は膳美郎女と同じく鵜澤光。唯一の女性キャストで、面をかけていても体つきや声が男性とは違い特別な存在感があった。
泊瀬部大王は茂山逸平。俗物的なコミックリリーフという感じで、シリアスな物語の中でホッとする存在だった。
蘇我毛子役の福王和幸は原作そのままの雰囲気で適役だが、10年前だったらもっと似合っただろう。現代劇風のセリフを謡のように話すので、他人事のように聞こえる。 舞台中央に木枠に障子紙を貼ったようなセットがあり、衝立のようになったり、六角柱のように囲って部屋のようになったり。アニメーションのような映像を映すのは今ひとつだったが、ラブシーンを後ろから影絵のように映すのは悪くなかった。(多分、役者の陰でなく、人形か何かだったのも変に生々しくなくてよき)
意外にも、大槻文蔵が間人媛で出演。一場、ニ場の冒頭で、厩戸との確執を吐露することで、この物語が母子関係から始まっていることが鮮明になった。
戸自古は大槻裕一。ニ場のみの登場で毛子との関係が十分に描かれないまま、布都姫の手紙に嫉妬して毛子を陥れる激しさのみ描かれる。布都姫は膳美郎女と同じく鵜澤光。唯一の女性キャストで、面をかけていても体つきや声が男性とは違い特別な存在感があった。
泊瀬部大王は茂山逸平。俗物的なコミックリリーフという感じで、シリアスな物語の中でホッとする存在だった。
2025年8月4日月曜日
8月4日 あべの歌舞伎晴の会「夏祭浪花鑑」
10回目の晴の会はザ・上方歌舞伎な演目。松十郎の団七、千寿のお辰、千次郎の義平次という盤石の配役に、千寿は婆というオリジナルキャラ、千次郎は徳兵衛と亀屋東斎までこなすマルチぶり。
松十郎の団七は過去にも演じている(上方歌舞伎会や「おちょやん」の劇中劇でも)だけあって、危なげなくセリフも所作も堂々としている。男前なのだけど、ちょっと頼りないというか、不器用な感じが団七らしい。義平次とのやりとりは千次郎と息があって、間が心地いい。千寿は序幕は仲買のおくら婆で登場。二幕目のお辰は打って変わってきりりと美しく、色気があるのだけど粋で嫌らしくない。緩急のあるセリフもいい。千次郎は東斎、徳兵衛、義平次を次々に演じ分ける大活躍。驚いたのは二幕の終わり、殺された義平次が泥に沈んだと思ったら、次の瞬間徳兵衛が出てきて雪駄を拾っているのだから! 非人姿の徳兵衛の鬘、後頭部が固まったような不思議な髪型は何だろう。東斎のざんぎり髪とも違うし。 3人以外の面々もそれぞれ役にあって好演。初登場の竹之助は三婦女房おつぎがとてもらしくてよき。三婦を訪ねてきたお辰に悋気するところが丁度いいかわいらしさ。三婦がこっぱの権らをやっつけるところを、頼もしそうに見ている表情もよかった。そして、席が下手側だったので気づいたのだが、磯之丞身の振りを巡ってお辰と三婦がやりとりをしているときに鉄弓の仕込みをしているのね。準備が終わるとさりげなく後ろに下がっているのも素晴らしい。磯之丞の翫政はぼんぼんの色気。琴浦のりき弥とは身長差があるけれど、段差を使ったり、どちらかがかがんだりしてバランスをとっていた。りき弥の琴浦はいつも通りだが、途中、神輿の担ぎ手として出てきた時は珍しい男装(手拭いを頭に巻いた法被姿)も見られて得した気分。(カーテンコールではまた琴浦に戻っていた)お梶の當史弥のいいおかみさんぶり。子役との接し方もお母さんらしく。佑次郎のこっぱの権・愛治郎のなまこの八のチンピラコンビもいい風情。愛治郎は神輿の担ぎ手で誰よりも足を高く上げていたのも印象的。當吉郎の三婦はセリフがちょっともっちゃりしているが、気のいい親父という風情。 オール上方の夏祭、大阪の空気が満ちていて、とてもとても満足。 千秋楽だからか客席も豪華(?)で、壱太郎、山村友五郎、侃のほか、能楽の大倉源次郎、元OSKの桜花昇ぼるの姿も 会場では気づかなかったが、帰りに地下鉄に向かう通路で片岡進之介も見かけた。
松十郎の団七は過去にも演じている(上方歌舞伎会や「おちょやん」の劇中劇でも)だけあって、危なげなくセリフも所作も堂々としている。男前なのだけど、ちょっと頼りないというか、不器用な感じが団七らしい。義平次とのやりとりは千次郎と息があって、間が心地いい。千寿は序幕は仲買のおくら婆で登場。二幕目のお辰は打って変わってきりりと美しく、色気があるのだけど粋で嫌らしくない。緩急のあるセリフもいい。千次郎は東斎、徳兵衛、義平次を次々に演じ分ける大活躍。驚いたのは二幕の終わり、殺された義平次が泥に沈んだと思ったら、次の瞬間徳兵衛が出てきて雪駄を拾っているのだから! 非人姿の徳兵衛の鬘、後頭部が固まったような不思議な髪型は何だろう。東斎のざんぎり髪とも違うし。 3人以外の面々もそれぞれ役にあって好演。初登場の竹之助は三婦女房おつぎがとてもらしくてよき。三婦を訪ねてきたお辰に悋気するところが丁度いいかわいらしさ。三婦がこっぱの権らをやっつけるところを、頼もしそうに見ている表情もよかった。そして、席が下手側だったので気づいたのだが、磯之丞身の振りを巡ってお辰と三婦がやりとりをしているときに鉄弓の仕込みをしているのね。準備が終わるとさりげなく後ろに下がっているのも素晴らしい。磯之丞の翫政はぼんぼんの色気。琴浦のりき弥とは身長差があるけれど、段差を使ったり、どちらかがかがんだりしてバランスをとっていた。りき弥の琴浦はいつも通りだが、途中、神輿の担ぎ手として出てきた時は珍しい男装(手拭いを頭に巻いた法被姿)も見られて得した気分。(カーテンコールではまた琴浦に戻っていた)お梶の當史弥のいいおかみさんぶり。子役との接し方もお母さんらしく。佑次郎のこっぱの権・愛治郎のなまこの八のチンピラコンビもいい風情。愛治郎は神輿の担ぎ手で誰よりも足を高く上げていたのも印象的。當吉郎の三婦はセリフがちょっともっちゃりしているが、気のいい親父という風情。 オール上方の夏祭、大阪の空気が満ちていて、とてもとても満足。 千秋楽だからか客席も豪華(?)で、壱太郎、山村友五郎、侃のほか、能楽の大倉源次郎、元OSKの桜花昇ぼるの姿も 会場では気づかなかったが、帰りに地下鉄に向かう通路で片岡進之介も見かけた。
2025年8月3日日曜日
8月3日 京都バレエ団特別公演「アーティスト・スペシャル・ガラ」
「ラ・バヤデール」から2幕の結婚式の場面。ガムザッティを谷桃子バレエ団の光永百花、ソロルを鷲尾佳凛。光永は育ちの良さそうな感じ。鷲尾はサポートがあまり得意でないのか、腰を支えて回転の補助をするところで腰が弾けているように見えた。ソロの踊りはのびのびとしていた。黄金の像はリトル・ドレの役名で金子稔。金色がギラギラしていないせいか、人間らしい踊りに見えた。コールドはバレエ団の団員ら。
「ボレロ」は西島数博。素肌に黒のタキシード?を羽織り、さらにゼブラ柄の薄手のコートという不思議な衣装。自身で振り付けたという踊りは、身体の周りで腕をひらひらさせていて、ボレロのリズムをあまり感じない。暗転する度に証明が変わってスポットライトから範囲が広がっていく。最期は舞台前方から西島の影を舞台後ろに映す演出。 今日の眼目、「ロミオとジュリエット」よりパドドゥはゲスト出演のマチュー・ガニオ。ジュリエット役のエロイーズ・ブルドンも長身でほっそりしたタイプで、ある意味理想的なペア。寝室のパドドゥは、悲しみよりは若い2人の愛に溢れる。
「セーラーダンス」は男性ダンサーばかり6人がテクニックを競い合うよう。 「ロマンシング・フィールド」は堀内充振り付け。男女5組が軽やかに舞う。
「RENCONTRE(出逢い)」はファブリス・ブルジョワ振り付けの新作で10分ほどの小品。ガニオとブルトンが優雅さ。出逢いというタイトルだが、再会のように感じた。
「ボレロ」は西島数博。素肌に黒のタキシード?を羽織り、さらにゼブラ柄の薄手のコートという不思議な衣装。自身で振り付けたという踊りは、身体の周りで腕をひらひらさせていて、ボレロのリズムをあまり感じない。暗転する度に証明が変わってスポットライトから範囲が広がっていく。最期は舞台前方から西島の影を舞台後ろに映す演出。 今日の眼目、「ロミオとジュリエット」よりパドドゥはゲスト出演のマチュー・ガニオ。ジュリエット役のエロイーズ・ブルドンも長身でほっそりしたタイプで、ある意味理想的なペア。寝室のパドドゥは、悲しみよりは若い2人の愛に溢れる。
「セーラーダンス」は男性ダンサーばかり6人がテクニックを競い合うよう。 「ロマンシング・フィールド」は堀内充振り付け。男女5組が軽やかに舞う。
「RENCONTRE(出逢い)」はファブリス・ブルジョワ振り付けの新作で10分ほどの小品。ガニオとブルトンが優雅さ。出逢いというタイトルだが、再会のように感じた。
2025年8月2日土曜日
8月2日 横浜バレエフェスティバル 2025 in鎌倉 Aプロ
第1部はジュニアダンサーのバリエーションと若手?による眠りの妖精の踊り。リラの精のバーンズ慈花が他のダンサーより頭一つ長身で、大人と子どもが踊っているよう。なぜか優雅の精が2人。
第2部よりプロのガラ。
「pqehension Bloom」より抜粋を高瀬譜希子。たっぷり生地を使ったローブのようなドレスを、時にたくしあげたり、頭から被ったりと、ドレスのあしらいも振り付けの一部になっていた。
「コッペリア」よりスワニルダのバリエーションを中島耀。少女らしいかわいらしさ。
「眠れる森の美女」のグランパドドゥを影山茉以と奥村康祐。奥村はthe王子といった佇まいで、サポートも完璧。フィッシュダイブに安定感があるし、リフトは優しい。影山も踊りやすそうで、オーロラの幸福感がたっぷり。カーテンコールでカーテンの切れ目が分からずまごつくも、王子の気品を保ったまま姫をエスコートする様子にほっこり。
「DUST-ダスト-」よりパドドゥを高橋絵里奈とジェームズ・ストリーター。第一次世界大戦についての考察だそうで、蛍の光?の音楽に合わせた踊りは庶民の抗いや苦悩を描くよう。仰向けに四つん這いになったストリーターの上に高橋が馬乗りになって動くのは昆虫のように見えた。最後は疲れ打ちひしがれた様子。
第3部
「Ki22」タランテラよりパドドゥを秋山瑛と二山治雄。小柄な二山と華奢な秋山のペアは少年少女のカップルのようで、初々しい駆け引きがチャーミング。とはいえ、踊りはらかなり高難度。
「Core Meu」よりCorriを小池ミモザ。裾の長いブルーのドレスは後ろがより長い。裾を捌きつつの踊りは、高瀬と被るところも。
「ジゼル」2幕よりグランパドドゥを加瀬栞とロレンツォ・ロセッロ。加瀬はテクニックがしっかりしていて、リフトは軽やか。ロセッロは体格が良く、雄々しいアルブレヒト。
「ロミオとジュリエット」より死のパドドゥを津川友利江。シェイクスピアの物語を翻案したプレルジョカージュの振り付けだそうで、ロミオはホームレスの設定でボロボロの衣装。仮死状態のジュリエットを放り投げたりひっくり返したりと、結構乱暴な扱いで、赤いドレスを剥ぎ取り、白い下着姿にした後でナイフ(剃刀?)で腹を切って自害する。ジュリエットをわざわざ白衣にするのだから、血糊でも使うのかと思ったらさにあらず。一方、ロミオの遺体の下で目覚めたジュリエットもアグレッシブで、椅子に腰掛けさせたロミオの体にダイブしては転げ落ち、最期はロミオの腹の上に乗って手首を掻き切る激しさ。
第2部よりプロのガラ。
「pqehension Bloom」より抜粋を高瀬譜希子。たっぷり生地を使ったローブのようなドレスを、時にたくしあげたり、頭から被ったりと、ドレスのあしらいも振り付けの一部になっていた。
「コッペリア」よりスワニルダのバリエーションを中島耀。少女らしいかわいらしさ。
「眠れる森の美女」のグランパドドゥを影山茉以と奥村康祐。奥村はthe王子といった佇まいで、サポートも完璧。フィッシュダイブに安定感があるし、リフトは優しい。影山も踊りやすそうで、オーロラの幸福感がたっぷり。カーテンコールでカーテンの切れ目が分からずまごつくも、王子の気品を保ったまま姫をエスコートする様子にほっこり。
「DUST-ダスト-」よりパドドゥを高橋絵里奈とジェームズ・ストリーター。第一次世界大戦についての考察だそうで、蛍の光?の音楽に合わせた踊りは庶民の抗いや苦悩を描くよう。仰向けに四つん這いになったストリーターの上に高橋が馬乗りになって動くのは昆虫のように見えた。最後は疲れ打ちひしがれた様子。
第3部
「Ki22」タランテラよりパドドゥを秋山瑛と二山治雄。小柄な二山と華奢な秋山のペアは少年少女のカップルのようで、初々しい駆け引きがチャーミング。とはいえ、踊りはらかなり高難度。
「Core Meu」よりCorriを小池ミモザ。裾の長いブルーのドレスは後ろがより長い。裾を捌きつつの踊りは、高瀬と被るところも。
「ジゼル」2幕よりグランパドドゥを加瀬栞とロレンツォ・ロセッロ。加瀬はテクニックがしっかりしていて、リフトは軽やか。ロセッロは体格が良く、雄々しいアルブレヒト。
「ロミオとジュリエット」より死のパドドゥを津川友利江。シェイクスピアの物語を翻案したプレルジョカージュの振り付けだそうで、ロミオはホームレスの設定でボロボロの衣装。仮死状態のジュリエットを放り投げたりひっくり返したりと、結構乱暴な扱いで、赤いドレスを剥ぎ取り、白い下着姿にした後でナイフ(剃刀?)で腹を切って自害する。ジュリエットをわざわざ白衣にするのだから、血糊でも使うのかと思ったらさにあらず。一方、ロミオの遺体の下で目覚めたジュリエットもアグレッシブで、椅子に腰掛けさせたロミオの体にダイブしては転げ落ち、最期はロミオの腹の上に乗って手首を掻き切る激しさ。
登録:
コメント (Atom)